崖っぷちリーガー 徳島インディゴソックス、はぐれ者たちの再起

「お前なんか無理だ」の声に憤り、NPB入りをつかみ取った増田大輝 ドラフト会議で鳥肌が立った瞬間と妻の涙

高田博史

オレンジ色のネクタイ

 10月22日、ドラフト会議の行方を見守るため、大型商業施設・ゆめタウン徳島に向かう足取りは重かった。前日にも地元テレビ局からの取材を受けている。

「いかがですか? 自信のほどは?」
「……ダメですね。今年はないと思います」

 向けられたマイクに向かって、素直にそう答えた。

 結局、納得のいくアピールなんてできなかった。NPBからの調査書は3球団から届いている。だが、指名される自信などまったくない。

「もう絶対ないだろうと思って。そう思ってたほうが、もしも選ばれなかったときに自分で納得できるっていうか。その辛い気持ちがすごく少ないはずなんですよね。もしかかれば、そのうれしさは倍になるだろうし、かからなかったときの辛さは少なくなると思うんですよ」

 期待するのとは逆の方向に、自分の気持ちを最低ラインまで落とした。

「ゆめタウンになんて、行きたくない」
「自分の指名は、ない」

 きょう1日、そんなセリフばかりを繰り返している。

 ドラフト会議が進んでいくなかで、徐々に気持ちの整理はついてきた。調査書を送ってくれた3球団が指名する選手を気にしながら、目の前のテレビの画面を見つめている。

 育成ドラフト会議が始まり、ロッテが1巡目に香川の二塁手、大木貴将(日大中退)を指名する。中島監督から「ロッテは気にしてくれてるから……」と聞いていた。同じ内野手、同じ二塁手である大木が指名されたことで確信した。

「ああ、ないな……」

 育成ドラフト会議には7球団しか出席していない。次に指名する球団は巨人だった。

「増田大輝。22歳。内野手。徳島インディゴソックス」

「……ウソだろ?」

 自分の名前が画面に映し出されるのを見て、鳥肌が立った。

「巨人? 俺が?」

 喜びが爆発する。育成ドラフトはまだ続く。中日から育成2巡目で、投手の吉田嵩(長崎・海星高)が指名され、徳島からは2人がNPBの扉を開けた。四国リーグ全体では6人が指名される豊作の年となった。

 ゆめタウン徳島の1階セントラルコートに続くエスカレーターを、増田と吉田が降りてくる。

 9月に生まれた長男、陽太くんを抱いた優香さんが泣いている。その隣で義理の両親も泣いていた。自宅を出発するとき、優香さんに告げていた言葉がある。

「俺が現れなかったら、もうちゃっちゃと帰ってくれ。もしかしたら俺、控室で崩れてるかもしれへん。だから、声かけずに帰って……」

 投手と比べ、野手が指名を受けることがどれだけ難しいことか。それが分かっているからこそ、妻にはそう告げていた。

 少年野球を始めたころから、プロ野球の世界が憧れだった。だが、周りからいつも言われたのは、まるで突き放すような冷たいセリフだった。

「お前なんか無理だ」

 そう言われるたびに、あの嫌な思いが胸の奥に溜まっていく。

「やっぱり身長とか、体がない分、『そんな簡単に行ける世界ではないんだよ』みたいなことを、たまに耳にするわけですよ。そうはっきり言われたこともありますし。やっぱり、そんな言葉って心に残るじゃないですか。そんなん、僕は聞いてないと。でも、そういう人たちを僕は見返したいと思って。『いまに見とけよ!』と思ってやってましたけど」

 高校時代、「もっと体があれば、プロに行けるかもしれないな」と思ったことがある。「僕は将来、こうなりたい」と夢を語ってもいいじゃないか。なのに周りの人は言う。

「そんな甘くないよ」
「プロに行けるなんて一握りなんだから」

 そう言われ続けることに、いつも憤りを感じていた。

「だから、そう言われた気持ちを自分のなかでひっくり返して、力に代えようと思って、ずーっとノートに書いてました。うわっ! っていう気持ちにさせてやりたくて」

 書き続けていた言葉は「見返す気持ち」である。

 坂口代表が言う。

「やっぱりね、監督とかコーチが『こいつをなんとしても上に行かせたい!』っていうような空気感を持ってんだよね、あいつ」

 球団の戦略として、増田とマッチングするのはどの球団なのか? 見極める必要があった。先方が求めるニーズと、増田のポテンシャルから考察した結果、合うのはオリックスと巨人、この2球団ではないか? と推理している。

「ジャイアンツのニーズからして、センターラインっていうところ。特に育成レベルからのセンターラインの強化を望んでいた。特にスペシャリティなものを持ってる守備と走塁っていうところで。足の速さっていうよりは、走塁技術ですね。ベースの踏み方とか、ソツのない動き。要は野球のルールとか全部、体に染みついてるような野球センス。それはジャイアンツに入ったら、面白いだろうなっていうところがあったので」

 あいつ、そこを走っていたのか! と思わせるような、いわば玄人好みなプレーができる。そういう部分は巨人でなら生きるはずだ。そう考えていた。

 だからドラフト当日、坂口はわざわざ用意していたのだ。

「これつけて会見に臨め」

 指名を受けた後、増田にそっと手渡したのは、オレンジ色に染められた、ジャイアンツのネクタイだった。

書籍紹介

【画像提供:カンゼン】

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