「私はイチローへの投票を見送る」そう宣言した記者の真意と、MLB野球殿堂の満票選出を阻む“慣習”とは?

丹羽政善

2024年11月、母校・愛工大名電高の野球部員と笑顔で話すイチロー 【写真は共同】

 1月16日、イチローはまず、日本の野球殿堂入りを決めた。来週21日(日本時間22日)には、MLBの殿堂入り選手の発表がある。もはや選出は確実で、もっぱら満票なるか――という議論の方が盛んだ。その可能性を考えたとき、結果を左右しうる一人の記者が存在する。

 誰か? 実はイチロー(マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)が2019年に東京ドームで行われた開幕シリーズで引退した直後、その記者は、「彼は、資格1年目で殿堂入りすると思う。それだけの実績もある。しかし、自分がまだ生きいていれば、それを見送る(投票しない)」とSNSに綴った。

 理由も書いてあった。実績に問題はないが、「人間性に問題がある」と。あるとき、取材しようと待っていると、自分の方を振り返った後、イチローがオナラをし、通訳とともに爆笑したという。「それで私は、取材するのをやめた」と明かす。

 その記者は、侮辱されたと捉えたわけだ。そのことは当時、記者本人から聞いたこともあるが、詳細を聞けば聞くほど、行き違いがあるような印象を持った。ところが、その誤解は最後まで解消されることなく、二人は顔を合わせることもなくなった。

MLB野球殿堂の投票権

2019年3月21日、現役最終戦となったアスレチックス戦で、東京ドームの観客に応えるイチロー 【Photo by Ben VanHouten/Seattle Mariners/Getty Images】

 あの記者は、どうするのだろう? 宣言通り、投票を見送るのか? それとも冷静になり、投票するのか。

 久々に連絡をしてみると、すぐに返信があった。すると、答えはイエスでもノーでもなかった。

「私は引退して10年が経過したので、もう投票権を失ってしまった」

 野球殿堂の投票は、全米記者協会の会員となり、10年経つと投票権が与えられる。引退後も、10年経つと、その権利を消失する。

 多くの記者は、新聞社などを退職後、フリーランスとして働くので、引退の境界は曖昧だ。一線を退いても、細々と好きな仕事を続ける限り、投票権は失われない。しかし、件の記者は、完全に筆を置いた。なるほど、最近彼の原稿を目にしないわけである。

 かくして、イチローが満票で殿堂入りする可能性は残ったわけだが、仮にまだ投票権があったとしたら、どうしたのか? その問いの答えは、尋ねるまでもなく書き添えてあった。

「自分にまだ投票権があれば、1票を入れたよ」

 個人的な感情があれども、そこと実績を評価することは、最終的に別だったよう。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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