「私はイチローへの投票を見送る」そう宣言した記者の真意と、MLB野球殿堂の満票選出を阻む“慣習”とは?
2024年11月、母校・愛工大名電高の野球部員と笑顔で話すイチロー 【写真は共同】
誰か? 実はイチロー(マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)が2019年に東京ドームで行われた開幕シリーズで引退した直後、その記者は、「彼は、資格1年目で殿堂入りすると思う。それだけの実績もある。しかし、自分がまだ生きいていれば、それを見送る(投票しない)」とSNSに綴った。
理由も書いてあった。実績に問題はないが、「人間性に問題がある」と。あるとき、取材しようと待っていると、自分の方を振り返った後、イチローがオナラをし、通訳とともに爆笑したという。「それで私は、取材するのをやめた」と明かす。
その記者は、侮辱されたと捉えたわけだ。そのことは当時、記者本人から聞いたこともあるが、詳細を聞けば聞くほど、行き違いがあるような印象を持った。ところが、その誤解は最後まで解消されることなく、二人は顔を合わせることもなくなった。
MLB野球殿堂の投票権
2019年3月21日、現役最終戦となったアスレチックス戦で、東京ドームの観客に応えるイチロー 【Photo by Ben VanHouten/Seattle Mariners/Getty Images】
久々に連絡をしてみると、すぐに返信があった。すると、答えはイエスでもノーでもなかった。
「私は引退して10年が経過したので、もう投票権を失ってしまった」
野球殿堂の投票は、全米記者協会の会員となり、10年経つと投票権が与えられる。引退後も、10年経つと、その権利を消失する。
多くの記者は、新聞社などを退職後、フリーランスとして働くので、引退の境界は曖昧だ。一線を退いても、細々と好きな仕事を続ける限り、投票権は失われない。しかし、件の記者は、完全に筆を置いた。なるほど、最近彼の原稿を目にしないわけである。
かくして、イチローが満票で殿堂入りする可能性は残ったわけだが、仮にまだ投票権があったとしたら、どうしたのか? その問いの答えは、尋ねるまでもなく書き添えてあった。
「自分にまだ投票権があれば、1票を入れたよ」
個人的な感情があれども、そこと実績を評価することは、最終的に別だったよう。