【月1連載】現地記者の日本人選手ラ・リーガ奮戦記

解任報道も不仲説も根拠に乏しい噂話だ アルグアシルと久保の存在がソシエダを逆襲に導く

山本美智子

「やはりイマノルは正しかった」と喝采を

カンテラ出身者9人を先発起用し、ニースと引き分けたELの初戦。アルグアシル監督の采配を、地元メディアは支持する 【写真は共同】

 こうした歴史的背景が、ラ・レアル(ソシエダの愛称)サポーターのバスクに対する誇りと愛情を醸成した。そんな彼らにとって、バスク出身でソシエダ育ちのアルグアシル監督は特別な存在なのだ。

 1971年7月4日、バスク州のギプスコア県で生まれたアルグアシルは、選手として18歳のときからソシエダBでプレー。1990-91シーズンにトップチームに昇格すると、主に右サイドバックとして活躍した。ビジャレアルなどを経て、2003年に現役を引退後は指導者の道へと進むのだが、最初に指導したのも、自身が10代後半を過ごしたソシエダのユースチームだった。

 トップチームの監督として初めて指揮を執ったのは、17-18シーズンの終盤。当時のエウセビオ監督が解任され、“暫定監督”という立場ながら低迷していたチームを見事残留に導いている。それからおよそ6年。ソシエダに魅力的なサッカーを植え付け、一昨季には10年ぶりのチャンピオンズリーグ出場権をもたらした指揮官に、サポーターは全幅の信頼を寄せている。

 9月25日のヨーロッパリーグ、グループステージ初戦のニース戦で、アルグアシル監督は久保をはじめ、シェラルド・ベッカー、セルヒオ・ゴメスら主力アタッカーを控えに回し、MFパブロ・マリン(21歳)、DFホン・マルティン(18歳)といった若手を含むカンテラ出身者9人を先発で起用した。大胆なメンバー変更に一部のスペインメディアは批判的だったが、一方で地元メディアとサポーターは、このメンバーで、しかもアウェーの地で引き分けに持ち込んだ(1-1)指揮官の手腕を密かに称えていた。

 そして、その3日後のバレンシア戦で、ニース戦を欠場、もしくは途中出場にとどまった選手たちが大活躍し、ホームでの今季初勝利を3-0の快勝で飾ると、「やはりイマノルは正しかった」と、サポーターは再確認し、喝采を叫んだのである。

 大怪我によって23年7月にソシエダで引退を余儀なくされた元スペイン代表MFのダビド・シルバなどは、最後に師事した指揮官アルグアシルを「ペップ・グアルディオラ(マンチェスター・シティ)、シャビ・アロンソ(レバークーゼン)、ミケル・アルテタ(アーセナル)に匹敵する監督」と絶賛する。たとえ成績が伴っていなくても、イマノルがトゥロンを食べられないことはない。彼に対する周囲の信頼は、我々が想像する以上に厚いのだ。

逆襲への期待を膨らませた久保のゴール

流れるようなコンビネーションから生まれた、バレンシア戦の久保の先制ゴール。久保がゴールを決めれば負けないという“不敗神話”も継続された 【写真は共同】

 前述のバレンシア戦で、ラ・リーガでは5試合ぶりとなるゴールをチームにもたらしたのが、久保だった。彼自身にとって、第2節エスパニョール戦以来となる今季の2点目が生まれたのは、レカルデ記者曰く「イマノルのソシエダらしいプレースタイル、つまり、常にフリーの味方を生み出し続けるサッカーを取り戻した結果」、ということになる。

 9月17日の日本人ダービー、浅野拓磨が加わったマジョルカとソシエダの試合(第6節/1-0でマジョルカが勝利)を分析したエスパニョールの現役アナリスト、ダビッド・ジョベドも同じようなことを言っていた。

「ラ・レアルで3年目のシーズンを迎えた久保は、攻撃陣のリーダーとしての役割を望まれているが、同時に対戦相手のマークも厳しさを増している。それをいかにして外すかが、久保自身とラ・レアルの課題だ」

「(マジョルカ戦で)後半の頭から投入された久保は、右のサイドラインぎりぎりの位置に立って、非常に上手くボールを扱いながら、積極的に攻撃に関与しようとしていた。しかし、相手の左サイドバック、ホアン・モヒカに厳しくマークされ、1対1で抜き切ることができなかった。しかも、マークを引き付けてくれる味方の動きもなかった。逆にチームメイトのサポートを受けたモヒカは、容易に数的優位の状況を作り出せていた」

 そうした課題への答えを、開幕から1カ月以上が過ぎて迎えたバレンシア戦で、ソシエダはようやく見つけ出した。開始8分の久保の先制ゴールは、まさに理想的な展開から生まれている。

 この日、とりわけ前半戦のパフォーマンスが出色だったマルティン・スビメンディが、自陣からドリブルで持ち上がり、左のアンデル・バレネチェアに正確なロングパスを届ける。これに呼応して猛然と駆け出したセルヒオ・ゴメスが、ポケットを取ってバレネチェアからのスルーパスを受けると、これをダイレクトで折り返す。クロスを想定してゴール中央に走り込んだミケル・オヤルサバルは、大きな声を出して周囲の意識を引き付ける。オヤルサバルがクロスをスルーしたとき、右サイドの久保は完全にフリーになっていた。

 カンテラ出身の3人のバスク人、スビメンディ、バレネチェア、オヤルサバルと、今季に加入したカタルーニャ人のS・ゴメス、そして日本人の久保が絡んだ、まさしくソシエダの歴史をなぞるようなゴール。流れるようなコンビネーションプレーが、今後の逆襲への期待を大きく膨らませた。

 久保が控えに回るたびに、アルグアシル監督との不仲説がまことしやかに囁かれたりもするが、これもまったく根拠に乏しい噂話にすぎない。なにより久保本人が、かつてないほど明確に、自分が中心となってソシエダの攻撃を引っ張っていくという意思表示をしているのだから。

 バレンシア戦後のフラッシュインタビューで、久保がゴールを決めれば負けないという“不敗神話”(ラ・リーガで16勝1分け)について触れられ、インタビュアーから「あなたはチームのタリスマン(お守り)と言えるかもしれませんね」と水を向けられた久保は、こう答えている。

「だとすれば、僕はもっとゴールを決めなくてはいけないね。そうしたらチームは毎試合、勝ち点3を積み重ねられるんだから。最高のレアル・ソシエダがやってくるのは、まだこれからだ。そこに僕のゴールが共にあれば、なおさらいいね」

 果たして、久保のゴールを起爆剤に、ここからソシエダの復活劇が始まるのか。トゥロンを食べる季節には、きっと答えは出ているだろう。期待を込めて見守りたい。

(企画・編集/YOJI-GEN)

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著者プロフィール

スペイン在住は四半世紀超え。1998年から通信員として情報発信を始め、スペインサッカーに関する取材、執筆、翻訳の仕事に従事してきた。2002年と06年のW杯、04年と08年のEUROなど国際大会も現地で取材。12年からFCバルセロナの公式サイト、ソーシャルメディアを担当する

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