解任報道も不仲説も根拠に乏しい噂話だ アルグアシルと久保の存在がソシエダを逆襲に導く
開幕からの成績不振によって解任説も囁かれたアルグアシル監督だが、そのバックグラウンドを知れば、根も葉もない噂話だと理解できる。久保との不仲説も…… 【Photo by Alex Caparros/Getty Images】
本拠地でブーイングはただの一度も……
この表現は、9月(近年は8月だが)に開幕するサッカー界でも頻繁に使われてきた。要するに、成績の悪い監督がそこまで持つか、持たないかという話をする際に用いられる。
ラ・リーガ第8節のバレンシア戦が行われる前まで、レアル・ソシエダを率いるイマノル・アルグアシル監督は、「トゥロンを食べられないのでは」と一部のスペインメディアの間で囁かれていた。「クラブはイマノルの後釜を探し始めている」、「後継者候補はフランス人のリュディ・ガルシア(前ナポリ監督)、イングランド人のグレアム・ポッター(前チェルシー監督)だ」などと、具体的な名前まで挙げながら報じている。
アルグアシル監督解任となれば、久保建英の去就にも大きな影響を及ぼしかねないだけに、スペイン発の報道を受けて日本でも同様のニュースが流れたかもしれない。だが、はっきり言ってこれは現実とはかけ離れた煽り記事に他ならない。
私の20年来の友人でもある現地メディア、『ノティシアス・デ・ギプスコア』紙のミケル・レカルデ記者は、「イマノルはホームのアノエタで6年間、ブーイングされたことが一度もないんだよ。一度もだ」と、いかにアルグアシル監督が現地で愛されているかを強調する。ただそれを、4Kテレビの画面越しに実感するのは難しい。ここスペインにおいて、サッカーという競技はスター選手ありきではなく、あくまでもホームタウンを基盤に成り立っている。そのバックグラウンドにある歴史や文化を理解しないかぎり、間違った受け止め方をしかねない。
最初のスペイン人選手獲得はほんの22年前
バスク出身でソシエダ育ち。指導者としてもソシエダのユースチームからトップチームまでを率いてきたアルグアシルに寄せるサポーターの信頼は、想像以上に厚い 【Photo by Rafa Babot/Getty Images】
日本で放送される際には省略されているかもしれないが、レアル・ソシエダの記者会見は毎回、バスク語の質疑応答からスタートする。その後、スペイン語や他の言語に切り替えられるが、最初に質問する権利は、必ず地元バスクメディアに与えられる。
バスク語は、標準スペイン語とは似ても似つかず、スペイン人にも容易に理解できないし、バスク語を話せないバスク人もざらだが、イマノルはそのケースに当てはまらない。9月21日の第6節バジャドリー戦後の記者会見では、バスクメディアからの質問が続いたことに、バジャドリー(スペイン語圏)の記者が苛立ちを露わにすると、これをイマノルがバスク語で「まあ、落ち着いて」となだめる一幕もあった。
いずれにしても、バスク語はバスク人としての誇りに直結しているのだ。
バスク地方のクラブというと、現在もバスク人のみしか在籍を許されない純血主義のアスレティック・クラブ(ビルバオ)のイメージが先に立つかもしれない。しかしかつてはソシエダも、バスク人以外は獲得しない方針を貫いていた。1973年にはラ・リーガの規制が緩和され、スペイン人以外の外国人選手の獲得が許可されるが──その年にバルセロナにやって来たのがヨハン・クライフだった、「あくまでも我々は“スペイン”とは一線を画す“バスクのチーム”である」というソシエダのアイデンティティは守られる。ちなみに、最後まで外国人選手の獲得に異議を唱えていたのが、ソシエダとアスレティックだった。
今でこそ、日本国籍の久保はもちろん、今年に至ってはアイスランド、クロアチア、モロッコからも選手を獲得するなど、すっかり多国籍となったソシエダだが、一方で彼らが最初の「スペイン人選手」を獲得したのは、日韓ワールドカップが行われた2002年の夏と、ほんの22年前のことなのだ。