「もう1個ギアを上げないといけない」 好調の三笘薫が見上げるはるかな高み
ブライトンはアーセナルに先制されたものの、後半13分にJ・ペドロが同点弾を決めて引き分けに持ち込んだ。三笘は後半40分までプレー。ゴールやアシストはなかったが、キレのある動きで存在感を示した 【Photo by Ryan Pierse/Getty Images】
「点が取れなかったのも実力」と三笘
現地時間12時30分のキックオフで、午後2時30分に試合が終了した。取材の場となる「ミックスゾーン」には、通常、試合が終了して40分くらいで選手が姿を現し、そこから20分くらいで誰もいなくなる。しかし8月31日に行われたアウェーでのアーセナル戦後、三笘薫がエミレーツ・スタジアムのミックスゾーンに現れたのは90分後の午後4時。この日、三笘にはドーピングテストが課されていた。
しかも代表ウイークを前に、日本行きの飛行機をつかまえなくてはならない状況でもあった。もしも三笘がヒースロー空港から当日午後7時20分発のJAL便に乗り込むとしたら、北ロンドンのエミレーツ・スタジアムを今すぐにでも出発したい時間だった。
さらに三笘を担当するブライトン広報官のチャーリーから事前に、「カオルはきっと今日は話さないと思う。自分のパフォーマンスに満足できなかったようだ。しかもドーピングテストがあり、飛行機もつかまえなくてはいけないからね」と言われていた。
と言われても、待って一言でも談話を拾うのが我々の仕事だ。急ぎ足で出てきた三笘は、軽く右手を上げて“すいません”と拝むポーズを取り、そもまま立ち去ろうとしたが、迷惑は承知で「1分だけでも」と声をかけると止まってくれた。そこで話してくれたのが、冒頭のコメントだった。
録音時間を見ると55秒。しかしこれだけでも、実際にピッチに立った人間の証言を聞けば、筆者の頭のなかで混沌とするばかりの試合の記憶と思いと感想に突如として筋道が立って、どこにピントを当てて記事を書けばいいのかはっきりとするのだ。
戦況を一変させたライスの退場
ホームのアーセナルが試合を支配し、前半38分に先制したが、後半開始早々のライスの退場で流れが大きく変わった 【Photo by Stuart MacFarlane/Arsenal FC via Getty Images】
しかしライスの不在がこれほど劇的な変化を試合に与えるとは思わなかった。確かにライスは2023年夏に1億ポンド、一時の円安では200億円を超えていた移籍金でアーセナルに移籍した大器である。イングランド代表でもがっちりと定位置をつかみ、元来は守備的なMFでありながら、その豊富な運動量で最前線にもしょっちゅう顔を出し、ハイレベルな攻撃力も披露するスーパーなNO.6だ。
前半38分に1点リードしたアーセナルは無理に攻める必要もなかったが、攻守の切り替えの鍵を握るライスがピッチを去ると、ホームチームは全く前に出られなくなった。
それはもちろんブライトンの力でもある。前節のマンチェスター・ユナイテッド戦でチームの総走行距離、スプリント総数、そしてインテンシブ・ランズ(時速約20キロから25キロの走りの回数)のすべてにおいて相手を上回り、強豪に走り勝ったチームだ。そんな献身的に走るチームを相手にすれば、いくら優勝候補のアーセナルでも、キーマンが1人欠けてしまえば厳しい試合になる。
試合後の英メディアの取材もこの退場一点に集中した。
最初はブライトンDFヨエル・フェルトマンがライスを蹴り倒したかに見えた。相手のファウルでプレーが止まった後、フェルトマンがライスの足を蹴るようなまねをしたのは確かだ。しかしライスがその一瞬前に、すぐさまフリーキックを蹴ろうとフェルトマンが置いたボールを右足で動かし、妨害していた。この些細な行為が25歳イングランド代表MFの退場につながった。
ライスは前半42分にも、退場劇の当事者になったフェルトマンに対する反則タックルでイエローカードをもらっていた。そして後半に入って4分後に、ちょこんとボールをつついて再びカードをもらい、味方にアディショナルタイムも含めて45分間も10人での戦いを強いることになった。