惜しくも金を逃したクライミング安楽宙斗 17歳が「悔しさ」「課題」と引き換えに得たもの

大島和人

安楽は優勝候補として期待されたが、銀メダルだった 【写真は共同】

「ソラト」は世界から注目されていた。安楽宙斗は17歳にして優勝候補筆頭に挙げられていたスポーツクライミングの新星。筆者が日本の取材者と知った隣の海外メディアから「今日は金メダルを見られそうだな」と“予祝”をされるほどだった。

 男子複合はポイント制の競技だ。4課題に取り組む「ボルダー」と、高さ15メートルの壁に挑む「リード」の合計点で競われる。安楽はまずボルダーの第1課題、第2課題をクリアした。第3課題、第4課題は完全クリアこそ逃したが、ボルダーを「69.3」と2位と1.0ポイント差の首位で折り返している。

 しかしリードは先に競技を終えた19歳のライバル、トビー・ロバーツ(英国)に届かず、最終結果は9.8ポイント差の銀メダルだった。

「手だけで身体を支える」パートが課題に

 安楽は大会をこう振り返る。

「ボルダーは3、4課題目で決めきれなかったこと。リードは中盤パートの動きがぐちゃぐちゃで、足がない中で動きを全然できず、結局(手が)張って落ちてしまったことが(銀メダルにとどまった)原因だと思います」

 「リード」のパートをこう反省する。

「足がない、ゆっくりした動きに対して、まだ改善の余地があります。リードは先走ったらダメで、一手ずつ着実にすべてのものを出そうとしたのですが、ムーブが難しくて、途中でリズムがガタガタしてしまった。それが差をつけられてしまった原因だと思います。疲れにメンタルの乱れも入って、単純に『やっちゃった』みたいな感じです」

 安楽が苦しんだのは足の置き場がない、両腕で自分の身体を支えて次の動きに移行するパートだった。「筋力不足」「身体作り」を意識してトレーニングを積み、ある程度は自信を感じていたというが、そこに苦しんだ。

 安楽は自らの課題をこう分析する。

「去年よりも(身体が)強くなって、静的な動きは習得して実践できていました。ただ足がない、手だけで身体を支える動きがまだ(十分)できないなと分かりました」

 パリのコースは筋力、持久力を問われるセッティングで、しかもワールドカップに比べてボルダーとリードのインターバルが短かった。銀メダル獲得という立派な結果を残したとはいえ腕力、筋持久力の不足が「金」を逃した理由だろう。

 銀という結果についてはこう口にしていた。

「初めてのオリンピックで銀を取れたのは嬉しいですけど……。でも悔しさの方が強いです」

 今後の抱負への答えはこうだ。

「リードもボルダーも今回はどちらも微妙な感じで終わってしまいました。でも(ワールドカップに)出始めて1年半でここなので、これから先、どちらも最強と言われるクラスになれるように頑張りたい」

届かなかった「3手」と「指2本」

リードの課題に挑む安楽。前半から消耗してしまった 【写真は共同】

 日本代表の安井博志ヘッドコーチはパリ五輪のルート設定をこう振り返る。

「どちらかというと持久力を試されるルートでした。トビー・ロバーツと(銅メダルのヤコプ・)シューベルトは基本的に身体の強さで登っていくタイプですから、少し彼ら向きのルートだったと思っています」

 硬さがある中で「苦手」なコースをあのレベルまで攻略し、銀メダルをつかんだことは評価をしてもいい。とはいえ安井コーチも悔しさを口にしていた。

「リードは最後に出てきて、相当なプレッシャーがあった中、動きが硬かったですし、前半から消耗していました。『(リードで)68ポイント取らなかったらメダルがないぞ』と少し嫌な感じで、68に手を出して止まってよかった……というのがまず一つ。次はゴールドメダルポイントまでもう少しでしたが、身体が張ってしまって、落ちてしまいました。本当によくやったなっていう感想と『金を取れたな』という悔しさと半々です」

 金メダルまで「あと3手」だった。

「あと3つ取っていたら(リードのポイントが)88で、ゴールドメダルでした。(落ちたポイントで)右手を止めていたら、その後はもう自然の流れでいけたところなので、勝負ポイントで落ちたなと感じています」(安井コーチ)

 ボルダーももう一つ課題をクリアしていれば、やはり金メダルだった。

「もちろんボルダーでもっと差をつけるチャンスがありました。特に4課題目の最後の、スイングしてジャンプするところに、彼は2分以上残した段階で到達していました。通常なら上から持てるようにして終わりだと思うんですけど、(今回の第4課題は)持つだけでなく2本の指をピタッと合わせる難しさがありました」

 つまり運が左右するセッティングで、今回の複合を盛り上げる設定でもあったが、安楽はここで「運」をつかめなかった。優勝したロバーツはこれに成功して、逆転優勝への足がかりをつかんだ。

1/2ページ

著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント