井端弘和 西尾典文著『日本野球の現在地、そして未来』

就任オファー受け次の日の夜には「やります」 侍J・井端監督誕生の舞台裏

井端弘和 西尾典文

【写真は共同】

 U-12監督を経て2023年11月に開催された「アジアプロ野球チャンピオンシップ2023」で見事優勝を果たした井端弘和。プロアマ野球界に精通し、新たな時代の日本野球のリーダーと目されている。

 そんな井端だが、「アジアプロ野球チャンピオンシップ2023」でのチームマネージメント、采配で評価が急上昇。NPBはもちろんアマチュア野球界もくまなく視察して選び抜いたその「観察力の高さ」と「冷静な見極め」が、モチベーター型の前任者・栗山英樹とは違った職人的な指揮官として高い評価を得た。

 井端は選手の起用理由や采配を問われると淀みなく答えるが、それは選手に全幅の信頼を置く裏付けに確固たる信念があるからである。

 本著では井端氏に最も近くに寄り添うスポーツライターの西尾典文が、大会を振り返りとその裏付けを探り、2024年11月の「WBSCプレミア12」、2026年の次回WBCへ繋がる日本野球界のロードマップを提示していく。井端弘和 西尾典文著『日本野球の現在地、そして未来』から、一部抜粋して公開します。

難航した侍ジャパン監督後任人事

 2023年、国内の野球界のみならず、スポーツ界において最も注目を集めた出来事といえば3月に行われたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)ではないだろうか。

 大谷翔平(当時エンゼルス)、ダルビッシュ有(パドレス)、さらには侍ジャパンで初の日系アメリカ人選手となったラーズ・ヌートバー(カージナルス)などのメジャー・リーガーが参加し、史上最強と言われた侍ジャパンはその期待通り全勝で三大会ぶり3度目となる優勝を果たしてみせたのだ。ビデオリサーチ社の調査によるリアルタイム視聴率の年間ランキングでは、WBCの侍ジャパンの試合がトップ3を独占。関東地区での瞬間最高視聴率は準決勝のメキシコ戦で村上宗隆(ヤクルト)が逆転サヨナラとなるタイムリーツーベースを放ったタイミングで、日本時間は3月21日の火曜日(祝日)の午前中であったにもかかわらず、世帯視聴率47・7%という驚異的な数字をたたき出している。

 筆者はこのメキシコ戦の時に選抜高校野球の取材で甲子園球場の記者席にいたが、吉田正尚(レッドソックス)が同点スリーランを放った時と、村上がサヨナラ打を放った時には、スマホでネット中継を見ていたスタンドの観客からも思わず歓声が上がっていた。
 この時にグラウンドで試合を行っていた龍谷大平安の原田英彦監督は試合後のインタビューで、「(次の試合の慶応で出場する清原勝児の応援に)清原和博が来たのかと思った。なんでこんなに沸くんや? と。何か飛んできたんかなと。控え審判に聞いたら『WBCです』と教えてもらいました」と話している。この時に甲子園球場のスタンドにいた観客と同様にネット中継で試合を観戦していた人も相当な数がいたはずであり、それを考えると少なく見積もっても国民の半数以上がリアルタイムで侍ジャパンの戦いを注視していたと言えそうだ。

 WBC優勝の余韻は大会後も続くこととなる。大谷がアメリカとの決勝戦前にチームメートの前で発した「憧れるのをやめましょう」という言葉と、ヌートバーが発案した〝ペッパーミル・パフォーマンス〞が、いずれも23年の新語・流行語大賞でノミネート入りとトップ10入りを果たしたことはその一例だ。ちなみに選抜高校野球の現場でも東北高の選手が出塁した際にペッパーミル・パフォーマンスを行い、審判から注意されるという一幕もあった。

 同年12月14日には、国内外の大会で活躍した選手やチームを表彰する『第72回日本スポーツ賞』(読売新聞社制定、日本テレビ放送網共催)の大賞に侍ジャパンの受賞が決定。さらに大晦日にはTBSがその熱戦を振り返る特集番組『WBC2023ザ・ファイナル』を7時間近くにわたって放送している。これらの現象を見ても、侍ジャパンの活躍が多くの国民を熱狂させたことは間違いないだろう。

 しかし23年5月末で任期が満了となり、退任した栗山英樹監督の後任人事を巡って、ここから事態は迷走を極めることとなる。各種報道では様々な候補の名前が挙がったが、最初に有力視されていたのが前ソフトバンク監督(当時)の工藤公康だった。現役時代は11度の日本一を経験するなど〝優勝請負人〞と呼ばれ、監督としてもチームを5度の日本一に導くなどその実績は申し分ない。しかしその報道に対して侍ジャパンを管轄する日本野球機構(NPB)も工藤本人も明確に否定。7月頃には工藤ジャパン誕生の機運は一気に鎮まることとなった。

 その後も前巨人監督(当時)の高橋由伸、前ロッテ監督の井口資仁、さらには国民的スターともいえるイチロー、松井秀喜などの名前も挙がったが具体的な進展はなく、9月に入ると栗山監督の再登板という声も聞かれることとなったのだ。これまでも監督人事が難航したことはあったが、11月には若手中心のメンバー構成になるとはいえ、『アジアプロ野球チャンピオンシップ2023』も控えており、それにもかかわらず9月を迎えても監督が決まらないというのは異例のことであった。

「考える時間が3日間しかなかった」という中で

 ようやく動きが見られたのは9月下旬だった。23年9月25日、スポーツ紙各紙が井端の12監督就任が決定的となったことを一斉に報道、10月4日には正式に発表された。井端監督就任に至るまでの報道と、WBCの優勝から約半年もの時間を要したことを考えても、ドタバタの就任劇だったことは間違いない。また21年の東京五輪優勝に続く国際大会(WBC)優勝の後を受けての監督就任ということで相当な覚悟も必要だったはずだ。そんな監督就任に至るまでの経緯を井端はこう語る。

 井端「今でもはっきり覚えていますけど、正式にオファーの連絡があったのは9月21日の木曜日の夜でした。印象に残っているのが『週明けの月曜日までに返事が欲しい』ということ。NPB側もかなり時間がなくて切羽詰まっていたみたいで、もし自分が断ったらすぐ次の人にオファーしないといけない状況だったみたいです。だから月曜日に返事をするとしても、考える時間が3日間しかなかったんですよね。こんなに急に決めないといけないのかというのが最初に思ったことでした」

 前述した通り、報道が出たのが24日の日曜日であり、まさに井端本人も語る通りのスピード決着だったのだ。ただ、監督候補として名前が挙がったのは比較的早い段階だったことも事実である。3月のWBC優勝直後、工藤、高橋と並んで井端が候補となっていると報じた記事もあった。筆者も井端も、ちょうどその時は甲子園球場での春の選抜高校野球取材で連日顔を合わせており、報道が出た後に「監督やるんですか?」と聞いたところ「やるわけないじゃないですか」という返答があったことをよく覚えている。ただこの時点では候補には挙がっていたものの、具体的なオファーはなく、その理由についても井端はこう答えている。

井端「22年からU-12(12歳以下)の侍ジャパンの監督を2年間やらせてもらって、夏にはワールドカップも控えていました。それが終わったら次はU-15(15歳以下)の監督ということも決まっていたので、まさか自分にオファーが来るとは思わなかったんです。そういう意味ではいきなりトップチームは早すぎるなということも思いましたね」

 NPB側からしても、次はU-15の監督を務めることになっている井端が優先順位として低くなるのは当然であり、オファーが9月下旬までにずれ込んだ原因の一つであると言えそうだ。ただ井端は、稲葉篤紀監督時代には侍ジャパントップチームの内野守備・走塁コーチを務め、21年の東京五輪優勝も経験している。が、監督となるとU-12侍ジャパンでしか経験がない。WBCで全勝優勝という輝かしい成績を残した栗山監督の後任を務めることは相当なプレッシャーであるはずだが、それでも監督就任を決断できたのはどんな背景があったのだろうか。

 井端「話をもらった時にまず『どうしようかな』と迷ったんですね。でも迷っているということは自分の中でもやる気があるんだなと思いました。これまでも野球に関することで何か依頼があって、断ってきたケースはすぐその場で決められたんですよ。だからいったん『考えます』とは言いましたけど、回答期限まで時間もなかったので、すぐに決めることができて、次の日の夜にはやりますという電話をしましたね。あとオファーの電話が(NPB事務局長の)井原(敦)さんじゃなくて、ずっと前から知っていて、いつも話をしている中村勝彦さんからだったので、身構えることなく話が聞けたっていうのもありますね。そのあたりはNPBの方も考えて中村さんからの電話にしてくれたのかもしれません。

 WBCで勝った後だからということは特に考えませんでした。勝ち負けについては誰がやっても勝つ時は勝つし、負ける時は負けるので。そこであれこれ考えても仕方ないかなと。それよりも考えたのは先々のことですよね。オリンピックでもWBCでも優勝できたわけですから、今のトップチームのメンバーはある程度の力があることは間違いありません。ただ、今後も何かしらの国際大会が毎年あって、選手もどんどん入れ替わっていきます。23年の優勝メンバーでも、次の26 年のWBCで主力になれる選手は多くない。26年が終わったら次は28年のロサンゼルスオリンピックもある。それを考えたらどんどん若い選手、新しい力が出てこないといけない。NPBからも、直近の大会で結果を出してくれということよりも、先々を考えて若い選手を発掘してほしいということを言われたので、そういう意味でも思い切ってやることができるなというのはありました」
 
 10月4日に行われた監督就任会見でも11月のアジアプロ野球チャンピオンシップについて触れ、「若手選手発掘の貴重な機会である」とも話している。NPBからの要望があったということはもちろん影響していると思われるが、目先の結果だけでなく常に先のことを考えられる未来志向という点は井端の監督、指導者としての大きな特徴と言えそうだ。ちなみに当初から就任が決まっていたUー15侍ジャパンの監督についても予定通り就任することとなり、トップチームと育成年代を兼任する初めての代表監督誕生となった。

書籍紹介

【写真提供:東京ニュース通信社】

 U-12監督を経て2023年11月に開催された「アジアプロ野球チャンピオンシップ2023」で見事優勝を果たした井端弘和。プロアマ野球界に精通し、新たな時代の日本野球のリーダーと目されている。

 そんな井端だが、「アジアプロ野球チャンピオンシップ2023」でのチームマネージメント、采配で評価が急上昇。NPBはもちろんアマチュア野球界もくまなく視察して選び抜いたその「観察力の高さ」と「冷静な見極め」が、モチベーター型の前任者・栗山英樹とは違った職人的な指揮官として高い評価を得た。

 井端は選手の起用理由や采配を問われると淀みなく答えるが、それは選手に全幅の信頼を置く裏付けに確固たる信念があるからである。

 本著では井端氏に最も近くに寄り添うスポーツライターの西尾典文が、大会を振り返りとその裏付けを探り、2024年11月の「WBSCプレミア12」、2026年の次回WBCへ繋がる日本野球界のロードマップを提示していく。
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