週刊MLBレポート2024(毎週金曜日更新)

松井秀喜さんの記録に並んだ一発に「手が震えた」 大谷翔平のホームランボールをめぐるファンの物語

丹羽政善

4月12日のドジャース対パドレス。初回、大谷翔平は4号本塁打を放って、松井秀喜さんの持つ日本人選手最多記録であるMLB通算175号に並んだ 【Photo by Jayne Kamin-Oncea/Getty Images】

 その日は、何もなければ大谷翔平(ドジャース)の元通訳・水原一平容疑者の話題でもちきりになるはずだった。4月12日のことである。

 前日、米連邦検察が、水原容疑者を銀行詐欺容疑で訴追したと発表。会見が開かれると同時に、37ページに渡る告訴状も公開された。

 内容はすでに報じられているので詳しくは触れないが、水原容疑者が提出したスマートフォンの記録から、水原容疑者が頻繁に掛け金の上限を上げるよう懇願するさま、彼が徐々に違法賭博業者に追い詰められていく経緯が綴られていた。また、水原容疑者がいかにして大谷の銀行口座にアクセスしたのか。その巧妙な手口も明らかになった。

 それだけで十分に衝撃的だったが、12日、水原容疑者は自ら出頭したのち、連邦裁判所に出廷。そのときに足かせをはめられていたという事実は、多くを驚かせた。

 これをどう報じるのか。思案しているうちにその日の試合が始まった。

 初回、大谷が打席に入る。1ボールからの2球目、マイケル・キング(パドレス)の投じた2シームを捉えた打球は、きれいな放物線を描いて左中間へ舞い上がると、やがて多くのファンが待ち構える客席に飛び込んだ。

 メジャー通算175号。あの松井秀喜さん(ヤンキースなど)に並んだ。つまり、日本人メジャーリーガーでは最多タイとなったのである。一発の余韻もそこそこに、左中間スタンドへ足を向けた。

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松井秀喜を知らなかった女性ファン

 遡ることその9日前、大谷の初本塁打を巡ってひと悶着あった。セキュリティが強引にその記念球の返却を、キャッチしたファンに迫ったと報じられたのだ。交換条件は、大谷のサイン入りバット、ボール、帽子だったが、「承諾しなければ、それが本物だと証明する認証シールを貼ることを拒否すると言われた」と、そのファンは米メディアに訴えた。

 結局は、そのファンを12日の試合に招待するということで和解したのだが、今回はどうなるのか。そもそもファンは、どう受け止めているのか。

 急いで向かうと、ちょうどボールをとったカップルが、セキュリティと話しているのが見えた。入れ替わりでそのファンに話しかけると、彼らは「手元に残しておくことにした」といいながら、大事そうに記念のボールを見せてくれた。

 イニングが終わってから裏の通路で改めて話を聞くと、ボールを手にした女性は、「手が震えた」といいながらも、記録のことどころか、松井さんを知らなかった。

「えっ、そうだったの?」

 周りに集まってきた他のファンが、「売れば、結構な金額になるのに!」と声をかける。

「でも、それを聞いて、さらにこのボールが特別なものになったわ」

 ためらいはなかった。男性の方も、「ホームランボールをとったのは初めて。しかも大谷のボールだから、いい思い出になる」と声を弾ませた。

 なお、ボールには「S1」と刻印されていた。記録球であることを示している。

松井さんの記録に並んだ際の大谷のホームランボール。「S1」と刻印されている 【撮影:丹羽政善】

 記録がかかっているときだけに使われる特別球で、イチローさん(現マリナーズ特別補佐兼インストラクター)がMLB通算3000本安打を放ったときには、「4」という数字だけが刻印されていた。

 もっとも将来、オークションにかけようと思っても、それだけでは証明にならない。大谷が打席に入るたびに同じ刻印がされたボールが使われており、客席にファールが飛び込めば、同じボールを持つ複数のファンが存在することになる。

 MLBが認証シールを貼ることで、本物であるお墨付きを得ることになるが、そのカップルが手にしたボールには、そのシールが貼られていなかった。求めれば可能なはずだが、気にもしてない様子だった。

 慌ただしくそのファンの取材を終えて記者席に戻ったとき、すでに試合は中盤に差し掛かっていた。水原容疑者の話題は、もはや遠い記憶になっていた。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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