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リバプールとアーセナルはスタミナ切れ!? 欧州戦で惨敗も遠藤航は前を向いて戦ったが…

森昌利

ヨーロッパリーグのアタランタ戦に続いて、ホームゲームでクリスタル・パレスに敗れたリバプール。前半27分の遠藤のシュートがバーを叩くなど、最後までゴールが遠かった 【写真:REX/アフロ】

 プレミアリーグの覇権を争う3チームが明暗を分けた。元気がなかったのがリバプールで、ヨーロッパリーグのアタランタ戦、そして国内リーグのクリスタル・パレス戦とホームで連敗を喫した。欧州チャンピオンズリーグ(以下CL)でバイエルン・ミュンヘンと引き分けたアーセナルも、続くアストン・ヴィラ戦で敗れてホーム連戦で勝ち星なし。苦しむライバルたちを尻目に、CLでレアル・マドリーとのアウェーゲームをドローで乗り切ったマンチェスター・シティは、週末のルートン戦で大勝し、約2カ月ぶりにリーグ首位に立った。

アーセナルファンの瞳には輝くような光がこもっていた

 先週はまず、4月9日(現地時間、以下同)の火曜日に垂涎(すいぜん)のアーセナル対バイエルン・ミュンヘンの取材に出かけた。

 欧州CL準々決勝の現場の雰囲気をどう伝えればいいだろう。サッカーに詳しい読者ならお分かりだと思うが、W杯をはじめ、トーナメント戦を戦うどの大会もその仕組み上、8強に残ることが“真の強者である”という証明になる。

 だからこそ、このステージに残ったクラブには「弱者は去った。さあ、ここからは本当の優勝候補だけの争いだ」という、まさに欧州のトップクラブである誇りと高揚感に満ちた雰囲気が溢れる。エミレーツ・スタジアムに向かうサポーターの表情にはそんな昂りと喜びが入り混じり、どの瞳にも輝くような光がこもっていた。

 そんな喜び勇んだ集団に混じりながら歩いていると、背後から高揚した男の話し声が聞こえてきた。男は「貯めていた2000ポンドを全部、今日のアーセナルの勝利に賭けたんだ。8対11だった。1500ポンドのイージーマネーだ!!」と声高にそう言った。

 振り返ってみると30代に届くかどうかという感じの若い男性だった。満面の笑顔で愛するチームに大金を賭けたことを吹聴し、勝利の瞬間を大いに祝おうという気持ちが伝わってきた。

 2000ポンド。1ポンドが200円に到達しそうな現在の円安では約40万円の大金である。8対11。英語では「eight to eleven」と言うが、これはオッズ。11を入れて8返ってくるという倍率で、約1.72倍。男性は勝ち金を1500ポンド、約30万円と言っていたが、アーセナルが勝つとそれより1万円弱少ない1454ポンドが増えて返ってくる計算になる。“イージーマネー”という表現は「濡れ手で粟」とでも言えばいいか、なんの苦労もなく稼げるお金という意味だ。

 筆者もこの第1レグはアーセナルが優位だと思っていた。冨安健洋を追って、今季のアーセナルの試合を現場で相当数見ているが、昨季マンチェスター・シティと優勝を争った若いチームが経験を積み、さらに隙がなく、強いチームになっていた。ご存知の通り今季も、長らくプレミアリーグで2強を形成していたマンチェスター・Cとリバプールの間に入り込み、三つ巴の優勝争いを堂々と展開している。

 一方のバイエルンはイングランド代表の至宝とも言えるゴールマシンのハリー・ケインを獲得しながら、ブンデスリーガでレバークーゼンの後塵を拝し、優勝を逃す不調。今季限りでトーマス・トゥヘル監督の退団(と言えば聞こえがいいが)も決まっている。

 これは余談だが、ケインはアーセナルにとっては憎き地元のライバル、トットナムの大黒柱だったストライカーだ。アーセナル・ファンならバイエルンに行ってまで優勝したかったのに、ドイツでもそれが叶わなかったケインをあざ笑う気持ちもあったのだろう。さらに今冬にまたもトットナムからイングランド代表DFエリック・ダイアーを獲得したこともあり、この準々決勝初戦の前、奇妙なほどバイエルンに対する敵愾(てきがい)心が高まっていた。

 この男性にはケインやダイアーの失望を目撃するというおまけ付きで、アーセナルの勝利が30万円近い配当を運んでくるのはたまらないという気持ちもあったに違いない。

リードを2点に広げる絶好機をふいにして…

バイエルンを相手にホームでの第1レグで勝利をつかみたかったアーセナルだが、同点に持ち込むのが精いっぱい。先制した後、絶好機をモノにできず追加点を奪えなかったのが響いた 【写真:ロイター/アフロ】

 けれどもリーグ戦での失望が欧州CLへのモチベーションに変換した例はこれまでにいくらでもある。それもビッグクラブであれば特に。

 また8強まで残り、ここを勝ち抜けば準決勝進出。決勝の輪郭が見えてきたと言える段階である。となればホームの第1レグとはいえ、ドイツの巨人がそう簡単に勝たしてくれるだろうか。しかもこの試合には、第1レグということでドロー狙いという選択肢もある。

 そして結果はご承知の通り、2-2の引き分けだった。

 前半12分にブカヨ・サカが見事な先制点を奪った瞬間、「ほら、俺が言った通りだろう!」と、2000ポンドを賭けたあの男性の声が耳元で聞こえたような気がした。

 キックオフ直後からアーセナルが完全に優位に立っていた。そして、このサカの先制点の4分後、ホームチームに2点目を追加する絶好機が訪れた。

 しかしこの大チャンスにゴール前でGKと1対1となったのは、右サイドバックのベン・ホワイトだった。全く巡り合わせが悪いと言うしかない。これが再びサカのチャンスだったらと全てのアーセナル・ファンが思ったことだろう。それはともかく、冨安と定位置を争う26歳イングランド代表DFのフィニッシュは相手GKの正面に飛び、アーセナルの2点リードは夢と消えた。

「あのチャンスをふいにして、流れが変わった」

 試合後、さすがのミケル・アルテタ監督もそう言うしかなかった。それほどの絶好機だった。そしてバイエルンが同点弾を決めたのが、ホワイトがチャンスを逸してわずか2分後のことだった。

 さらにアーセナル・ファンにとっては悪夢としか言えないケインのゴールが前半32分に生まれた。PKだった。今季さらにエレガントなセンターバックとなったウィリアム・サリバがペナルティエリア内に突進してきたレロイ・サネを見て、慌てて背後から足を引っ掛けて倒していた。

 スポットキックを蹴る前のケインの表情からは失敗のイメージは全く湧かなかった。平静極まりない顔のなかに、トットナム時代にエミレーツでゴールを決める快感を呼び起こしているかのような、恍惚とした表情がほんの少しだけ混じっていた。助走に入る前に遠目から見ていても「ふっ」と大きく息を吐き出したのが分かった。そしてボールを蹴る直前に一瞬のフェイント。アーセナルGKダビド・ラヤが左に跳んだのを見て、ガラ空きの右サイドにボールを流し込んだ。貫禄さえ感じさせる完璧なPKだった。

 この予期せぬ逆転劇でアーセナルは完全に浮き足立った。敗色濃厚だった。後半31分にレアンドロ・トロサールが同点弾を叩き込んだのは僥倖(ぎょうこう)だった。

 もちろんあの2000ポンドを賭けた男性は、同点となってからアディショナルタイム6分を含めた試合終了までの20分間、アーセナルの決勝弾が飛び出すことを願いに願っただろう。しかし無情にも試合はドローで終わった。

 トーナメントステージから、特に強豪同士の対決の場合、第1レグが引き分けで終わることはままある。2試合合計180分の戦いという観点からすると、初戦終了時点でハーフタイム。ここで負けていないことは大切だ。しかもいったんはリードされた試合。アルテタ監督が引き分けでよしとしても責めることはできない。

 ただしアーセナルは第2レグのアウェーで勝利が義務付けられた。

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2024-25で24シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル29年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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