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リバプールがマンUとのFA杯で敗れた理由 4冠を狙った限界「ワタルにもサブが必要だった」

森昌利

ユナイテッドとのFA杯準々決勝で、遠藤は延長戦を含めた120分間プレー。ハードスケジュールで疲労が蓄積しているにもかかわらず、最後の最後まで力を尽くして戦った 【Photo by John Powell/Liverpool FC via Getty Images】

 リバプールは3月17日(現地時間)、FA杯準々決勝で宿命のライバルであるマンチェスター・ユナイテッドと敵地で対戦した。2度にわたってリードを奪ったものの、結果は延長戦の末に逆転負け。120分間フル出場した遠藤航を含めて、2月下旬から過密日程をこなしてきた選手たちの体力は限界に達していた。

クロップが有終の美を飾るなんて許せない

 英語の“hate”(ヘイト)は非常に強い言葉である。日本人の「嫌い」というニュアンスで使うなら「don’t like(好きではない)」をお勧めしたい。英語のヘイトにはまさに“憎悪”という感情がこもっており、心底嫌いな対象だけに使う。100%相容れないもの、許せないもの。「ヘイト・スピーチ」という言葉を英語社会で聞くだけで気分が暗く、おぞましいものになる。だから本当にヘイトの対象になるものがこの世に少なければ少ないほど、その人の人生は幸福に近づくと思う。

 ところが、リバプール・サポーターとマンチェスター・ユナイテッド・サポーターの関係はこのヘイト以外の言葉では言い表せないほど、激烈かつ絶対的なのである。

 いや、本当に大人気ない。寛容のかけらもない。本当ならこうした頑なな憎しみは近代の人間社会から排除されなければならないのだが、なぜかイングランドのフットボールの世界ではこれもライバル関係の延長にあるものとして容認されてしまう。説得の余地は全くない。

 またイングランドのフットボールの試合で勝者は増長し、敗者は暴れる。この国に美しい敗者は存在せず、負けたら――まあ勝ってもだが――誰もゴミを拾って持ち帰ったりしない。だからして、最大のライバル相手の勝利ほど至福のものはないし、敗者には絶対になりたくない。無論のこと増長した相手のサポーターを見るのは何よりも耐え難い。

 このあたりのことを書き出すと、これで1本のコラムスペースが簡単になくなってしまうので、今回はこのくらいにしておくが、3月17日、FA杯準々決勝キックオフの2時間前に会場のオールドトラフォードに到着すると、アウェー席への入場口はパーテーションで完全に隔離され、さらにその周りをいつもの3倍増と言えるセキュリティガードの人波が囲んでいた。そんな物々しい警戒体制にも両クラブの関係が如実に表れていた。

 状況的にユナイテッドのサポーターとしては、リバプール側以上に絶対に負けたくない試合だった。今季は2シーズンぶりに出場した欧州チャンピオンズリーグでグループ戦最下位に終わり早期敗退。プレミアリーグの優勝の夢ももはや完全に潰えた上、来季の欧州チャンピオンズリーグ出場権獲得もかなり厳しい状況。獲得可能なタイトルはこのFA杯だけになっていた。

 しかも今回の相手である憎きリバプールは低迷するユナイテッドとは対照的に、すでに今季最初のタイトルであるリーグ杯を勝ち取り、怪我人が続出するなかでも最高レベルのパフォーマンスを保ってプレミアリーグの優勝争いのど真ん中に居座り、ヨーロッパリーグも優勝候補の筆頭。ユルゲン・クロップ監督が勇退を発表したシーズン、このFA杯を含めて4冠の可能性を残していた。

 リバプールがそんなふうに全ての栄光をさらってドイツ人闘将の有終の美を飾るなんて、とてもじゃないが許せない。それに昨季の0-7大敗の悪夢も払拭できていない。

 逆にリバプール・サポーターの立場からすると、アンフィールドで最大のライバルであるユナイテッドを相手に7-0という歴史的な大勝を飾ったことで、昨季の不振が帳消しになった。それほどこの1勝の価値は絶大だった。

 だから昨年12月17日にアンフィールドで行われた今季のリーグ戦で、ユナイテッドは恥も外聞もなく首をすくめた亀のように守りを固めてスコアレスドローに持ち込み、34本のシュートを放って1ゴールも奪えなかったクロップ監督を苦笑させることになった。

幻と消えた遠藤の約100日ぶりのゴール

前半37分、遠藤がサラーとのコンビプレーからネットを揺らしたが、縦パスを受けたエジプト代表FWの位置がぎりぎりオフサイド。リバプールでの通算3ゴール目は幻と消えた 【Photo by Simon Stacpoole/Offside/Offside via Getty Images】

 こうして最近の両軍の戦績も、ただでさえ熱い戦いをさらにヒートアップさせる要因になっていた。特にFA杯しか望みがないユナイテッド側にとっては、このホームで戦う準々決勝はまさしく決戦。週中の欧州戦もなく、打倒リバプールの準備に丸々1週間を費やすこともできて、番狂わせを起こす態勢は整っていた。

 対するリバプールは、2月25日に行われたチェルシーとのリーグ杯決勝で120分の激闘を繰り広げてからわずか3週間で、チェコに遠征したヨーロッパリーグのラウンド・オブ16第1レグを含めて、この試合がなんと7試合目。結果的にこの過密日程が、延長戦までもつれ込んだFA杯準々決勝の結果を大きく左右することになった。

「Obviously today was on and above the edge(明らかに今日は限界を超えてしまった)」

 これが試合直後の会見でクロップ監督が放った第一声だった。

「(アディショナルタイムを含めると)130分の戦いになった。我々にとって本当にタフな試合になった。明らかにユナイテッドの方がスタートで優位に立っていた。それはそうだ、先制したのだから。その後、うちも態勢を立て直して、少しは戦えたが、相手のマークに苦しんだ。しかし前半の終盤になってようやく本来のリズムを取り戻し、本当にいいプレーをした。そうなると2-1逆転も当然だった」

 クロップ監督がそう振り返った通りの前半だった。この試合はFA杯準々決勝ということで、普段のリーグ戦より6000人増やした9000人のリバプール・サポーターの入場を許したが、試合開始と同時にイングランドのクラブチームのスタジアムとしては最大、7万6000の収容人数を誇るオールドトラフォードの6万7000席を埋めたユナイテッド・サポーターが一斉に吠えた。そしてその声援に後押しされるように、レッドデビルズ・イレブンがキックオフ直後からフルスロットルで押し込んできた。

 今季不振とはいえ、ユナイテッドは素晴らしい身体能力を持ち、高いクオリティとスキルも持つ、文字通り高額な選手が各ポジションに並ぶチームである。そんなチームがこの試合に全てをかけて気合いをみなぎらせ、トップスピードでボールを操り、リバプールを自陣に引っ込ませた。

 そしてあっという間に先制点を奪った。個人的にはすさまじい運動量でマン・オブ・ザ・マッチに相応しい活躍をしたと思う19歳FWアレハンドロ・ガルナチョが、左サイドの角度のない位置から右足で放った強烈なシュートはリバプールGKクィービーン・ケレハーが左手でなんとか弾いたが、それがゴール前の浮き玉となり、そこに飛び込んだスコットランド人MFスコット・マクトミネイが右足で押し込んだ。これでオールドトラフォードが蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

 その後、試合は一進一退。しかしリバプールが前半の35分過ぎあたりから、プレースピードが一瞬で切り替わる本来の鋭い攻めを見せ始めた。

 それが最初に実を結んだのが遠藤航の幻のゴールだった。前半37分のことだった。遠藤が相手のクリアボールに飛び込みボールを奪うと、ワンタッチで動かし、前方のモハメド・サラーにパスを送った。そして日本代表主将がそのままペナルティエリア内に走り込むと、エジプト代表FWとのワンツーが決まる形で折り返しのパスが遠藤の足元に収まった。そこで31歳MFは右寄りの位置から右足を巻き込むように振って対角線上にシュートを飛ばすと、ユナイテッドGKアンドレ・オナナがニアに寄ってガラ空きになっていたファーサイドのネットを狙い通りに揺らした。

 ところがアシストしたサラーがわずかにオフサイド。12月3日のフラム戦以来となる遠藤の久々のゴールが惜しくも取り消しとなった。

 しかし、このプレーで気勢が上がったリバプールは前半44分、ユナイテッドMFコビー・メイヌーがシュートをブロックしようとして伸ばした左足にかすかに触れて角度を変える幸運もあったが、ついにアレクシス・マック・アリスターの右足で同点に追いつく。

 すると同アディショナルタイム2分には、右サイドバックで先発したジョー・ゴメスが右サイドの高い位置でユナイテッド主将ブルーノ・フェルナンデスから力強くボールを奪ったプレーを起点にして、ダルウィン・ヌニェスがシュート。このフィニッシュはオナナに左手でセーブされたが、セカンドボールをゴール前にいたエース・サラーが押し込んで2点目をゲット。リバプールがあっという間に逆転に成功した。

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2023-24で23シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル28年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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