ジェフ・フレッチャー著『SHOーTIME2.0 大谷翔平 世界一への挑戦』

大谷が振り返った人生で最高の瞬間 栗山監督が「野球を謳歌していた」と回想したWBC決勝での姿

ジェフ・フレッチャー
 エンゼルスの番記者のジェフ・フレッチャーが綴る、現在進行形の生きる伝説の舞台裏!
 二刀流・大谷翔平のMLBの2022年シーズンから始まり、2023年シーズンとWBC優勝、そして新天地移籍までの舞台裏を追ったノンフィクション。
 アーロン・ジャッジ、マイク・トラウトといった、強力なライバル&盟友らの背景や生い立ちなど、アメリカのベテラン記者ならではの視点で描かれた「大谷本」の決定版!!

 ジェフ・フレッチャー著『SHOーTIME2.0 大谷翔平 世界一への挑戦』から、一部抜粋して公開します。

最高の舞台、最高の対決

【Photo by Eric Espada/Getty Images】

 決勝戦を前に、大谷翔平が日本代表のロッカールームで感動的なスピーチをしている動画がSNSで公開された。

「憧れるのをやめましょう」

 そう大谷は言った、と「ロサンゼルス・タイムズ」の翻訳者が伝えた。

「もし憧れてしまえば、超えることができなくなります。僕たちはここに勝つために来たのであり、頂点に辿り着くためにここにいるわけです。1日だけ、あの選手たちへの憧れを捨てて勝ちにいきましょう」

 栗山監督は、本気でアメリカを倒しに来ており、先発メンバーにはオールスターとMVPが勢ぞろいしていた。

 日本代表には剛球投手がそろっていて、最後の最後に大谷が控えていた。栗山監督は、そんな投手たちを1イニングか2イニングずつ小刻みに投入し、アメリカ打者陣にスキを与えないつもりのようだった。

 今永昇太は、最初の2イニングを担当し、1回に乱調はあったものの、トラウトに二塁打を許したのと、2回にトレイ・ターナーに献上したソロホームランによる1失点だけで乗り切った。

 日本はすぐにこの失点を跳ね返し、村上宗隆が2回裏に本塁打を放った。そのまま安打と内野ゴロの間に2点目を取る。さらに、岡本和真が4回裏に本塁打を放って、追加点を入れて3-1とリードを広げた。

 戸郷翔征(しょうせい)、高橋宏斗(ひろと)、伊藤大海(ひろみ)、翁田大勢(おおたたいせい)が順々に日本ブルペンから送り出され、次々とアメリカ打線を抑えていく。

 一方で、大谷は登板の準備を始め、レフトフェンスの向こうにあるブルペンで打席の合間に走り始めた。そして、大谷が幼少時から憧れていたアイドルの1人で、同じくメジャーリーグ投手であるダルビッシュ有が8回表にマウンドへ向かい、大谷は登板に向けてさらに準備を進めた。

 ダルビッシュは、カイル・シュワーバーにソロホームランを献上し、2点リードから1点差に迫られてしまう。

 さらに、ターナーがシングルヒットで出塁し、アメリカとしては好打順だ。7番打者のJ・T・リアルミュートが内野フライに打ち上げ、次のセドリック・マリンズも外野フライを打ち取られたが、二番打者であるトラウトまで、9回には確実に打順が回ってくる。

 トラウトは、大谷が登板している間に自分の打順が回ってくるかどうかはとくに深く考えないと言っていたが、この試合を見ていた観衆全員が、これから起こる事態を認識していた。

 8回裏に日本代表が攻撃している間に、大谷は素早くブルペンで数球投げ込んだ。

 外野フェンスの扉が開かれ、大谷が9回のマウンドに向かい始める。1点リードで必ずトラウトに打順が回るという、完璧な舞台が整った。

 2016年の日本シリーズ以来、大谷にリリーフ登板はなかったが、明らかに士気が高揚していた。

 ジェフ・マクニールに対する2球目は、102マイル(約164キロ)の直球で地面に当たった。最終的に大谷は99マイル(約159キロ)の速球を投じ、マクニールのひざ下に外れたボールで歩かせることになった。

 アメリカ代表のマーク・デローサ監督は、大谷の四球に対する反応を見て逆に驚かされたという。

「あの男はどんな大舞台も大きく感じないみたいだ。きわどい球でジェフ・マクニールが歩くことになっても、まったく動じる様子を見せなかった」

 先頭打者に四球を与えることは、大谷にとっては厄介な事態になる恐れが十分にあった。その後、アメリカ打線には3人連続で、MVPを受賞したことのある強打者が待ち受けていたからだ。

 ムーキー・ベッツ、トラウト、そしてポール・ゴールドシュミットだ。

 大谷はこの緊張の場面で、ベッツに内野ゴロを打たせ、日本はダブルプレーをとり、走者なしの状態でトラウトを打席に迎えることになる。

「あの場面で感情を落ち着かせようとしていたのか、深呼吸しているのを見たよ」

 デローサ監督はこう振り返った。

「普段はチームメイトである世界最高の2人の選手が決勝の場面で対決する、そんな場面は想像すらできなかったよ」
 あの瞬間、大会を見守ってきた人たちは軒並み、決してありえないだろうと思っていた場面が実現したことにただただ興奮した。

 大谷とトラウトは、ともに2週間前にこの大会に入り、大谷は地球の反対側でプレーしていた。両チームは決勝までに6試合を乗り越える必要があり、誰もが見たい対決が、誰もが望んでいた場面で実現したのだ。

・決勝戦
・9回
・ツーアウト
・1点差
・大谷対トラウト


 最初の5球は、ボールとストライクが交互に投じられた。トラウトはうち2球の速球を空振りし、どちらも球速は100マイル(約161キロ)を記録。2球ともホームベースの真ん中を突き抜けていた。

 そして、フルカウントとなった次の1球、大谷は速球で決めにくるのか、それともスイーパーで仕留めにくるのか。

 大谷は一度間をとって、マウンドに立ちながら指に息をふきかけた。

 それからプレートに足をかけ、投球モーションに入ってスイーパーを投じた。

 トラウトは豪快に空振りし、バットをすり抜けたボールはキャッチャーミットにおさまった。

1/2ページ

著者プロフィール

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント