大谷翔平を信じてWBCに送り出したエンゼルス 日本では「打撃練習」から大騒ぎに

ジェフ・フレッチャー
 エンゼルスの番記者のジェフ・フレッチャーが綴る、現在進行形の生きる伝説の舞台裏!
 二刀流・大谷翔平のMLBの2022年シーズンから始まり、2023年シーズンとWBC優勝、そして新天地移籍までの舞台裏を追ったノンフィクション。
 アーロン・ジャッジ、マイク・トラウトといった、強力なライバル&盟友らの背景や生い立ちなど、アメリカのベテラン記者ならではの視点で描かれた「大谷本」の決定版!!

 ジェフ・フレッチャー著『SHOーTIME2.0 大谷翔平 世界一への挑戦』から、一部抜粋して公開します。

WBC誕生の歴史

【写真:CTK Photo/アフロ】

 バド・セリグは、1998年から2015年まで、MLBコミッショナーを務めた人物だが、長年にわたり、野球界でもサッカーのワールドカップのような大会を実現したいと熱望していた。

 しかし、MLBシーズンの長さと選手たちにかかる肉体的負担──具体的には投手の疲労だ──を考えると、ワールドカップのようなかたちで最高の選手が集う世界大会を実現するのは難しいと考えられていた。

 1992年のバルセロナ五輪以降、野球はオリンピックでも大会種目として加えられていたが、当初はアマチュア選手のみが出場できる条件だった。

 プロ選手の参加が解禁されたのは2000年からだが、それでもMLBは夏にレギュラーシーズンの行方に影響を及ぼすことを恐れて、マイナーリーガーだけを派遣した。

 それがついに2005年、セリグは悲願を成就させる。MLB機構とMLB選手組合が合意したことにより、2006年春に、第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が開催される運びとなったのだ。

 大谷翔平は当時11歳で、イチローや松坂大輔といった憧れのヒーローたちが日本代表としてWBCで躍動する姿に胸躍らせていた。

 日本はアメリカでの第2ラウンドで1勝2敗だったが、失点率のおかげで決勝ラウンドに進出することができた(日本、アメリカ、メキシコは同じ勝敗数だったが、日本の失点数が最少だったことが作用した)。

 日本代表は準決勝で韓国に勝利し、決勝ではキューバを破り、祖国に優勝をもたらした。

 この大会は4年に一度開催されるはずだったが、第2回のWBCは3年後、つまり2009年に開催の運びとなった。これは、冬季五輪と重なることを避けるためだった。日本は連続優勝を果たし、松坂が二度目の大会MVPを獲得した。2013年には、日本は準決勝でプエルトリコに敗れ、優勝はドミニカ共和国の手に渡った。

 2017年大会が近づいたとき、大谷はついにこの大会へ出場できる位置にまできていた。大谷は日本プロ野球で圧倒的な成績をおさめ、打者として打率.322と22本塁打、投手としても防御率2.12を記録し、パシフィック・リーグMVPに選出されていた。また、2016年、大谷は北海道日本ハムファイターズに日本シリーズ制覇ももたらしている。

 だが、この日本シリーズ中に、大谷は一塁ベースをおかしな踏み方をしてしまい、右足かかとを負傷。最終的に手術が必要となり、大谷は声明を発表した。

「WBCに出場できなくて本当に残念です。もともと大会までには回復して、試合に出られると思っていました。ですが、間に合いませんでした」

 次のWBCは2021年に開催されるはずだったが、新型コロナウイルスのパンデミックにより延期となった。さらに、CBA合意に至らなかったため、2022年開催も不可能となり、結局、大会は2023年の開催に決まった。

 大谷は2022年11月に公式声明を出し、大会参加を宣言した。さらに、よかったのは、日本代表の監督は自身のファイターズ時代の監督、栗山英樹だったことだ。

「全世界の名選手たちが集まる場所でプレーできることを楽しみにしていますし、この5年間で初めて日本のファンのみなさまの前で試合に出られることを楽しみにしています!」

 大谷は、自身のSNSにこう投稿した。

 エンゼルスのミナシアンGMも、本シーズン前の準備に支障をきたす恐れがあったにもかかわらず、大谷のWBC出場に協力的だった。

 ミナシアンは大谷のWBC出場に関して、大会の数カ月前から模範的な回答を繰り返していた。

「野球界全体のために、いいことだと私は思うよ」

 そう切り出して、次のように続けた。
「本当にいいことだと思う。大会自体が素晴らしいものだし、『君はこんな大会に出るべきではない』というようなことは絶対に言わないよ。われわれが愛する野球というゲームを、全世界に広める絶好機じゃないか。ファンのみなさんには、素晴らしい選手がアメリカ合衆国だけでなく、全世界のあちこちにいることを知る機会にしてほしいね。だから、ショウヘイは好きなようにしてほしい。投げたいなら、打ちたいなら、ショートを守りたいなら、ぜひやってほしい」

 そうコメントした。大谷をWBCで打席に立たせるのは簡単なことだった。一方で、投手としての登板にはいろいろな問題がともなう可能性があった。

 投手は162試合のシーズンを戦い抜くために、数々の準備とルーティーンが必要となる。この作業をWBCに合わせるために年始に前倒しで始めると、負傷につながる恐れはおのずと高まる。

 投手はまず、重圧がかからない状態の3月にスプリングトレーニングで調整する必要があり、全世界の注目と母国の誇り、そして満員のスタジアムという重圧が重なる環境は、この時期には決して望ましいものではない。

 もしも大谷がWBCで打者だけに専念し、シーズンに備えて右腕を温存して登板しないという決断をしても、誰も驚くことはなかった。

 二刀流選手として、彼はほかのメジャー投手よりはるかに過酷な肉体的負担に直面しており、これ以上、3月に緊迫した試合で難題を増やす必要はなかった。

 だが、ミナシアンは大谷を全面的に信頼し、WBCに向けての調整に関しても、エンゼルスがどうこう言うことはないと強調した。ミナシアンはこう語った。

「そんなに心配はしていないよ。ほかの誰よりも、本人が自分の体のことをよく知っているから。できることとできないことの区別をね。われわれの意思の疎通も順調だ。ショウヘイはいちばん心配いらない男だよ。何かあって、決断を迫られたとしても、自分で決められるし、体の発する信号を理解できる男だからね」

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