連載:サッカーIQと野球脳

サッカーIQが高い選手って? 人気解説者・林陵平が説く「考える力」の重要性

吉田治良

元Jリーガーで人気解説者の林氏が思い浮かべる「サッカーIQが高い選手」とは? マンチェスター・シティのデ・ブライネ(右)とB・シウバの名前も…… 【Photo by Joe Prior/Visionhaus via Getty Images】

 サッカーの世界において、いわゆる賢い選手とは具体的にどんな選手を指すのだろうか。戦術の進化、高度化とともに「サッカーIQ」の高さが求められるようになって久しいが、そもそも数値では測れないこの言葉には、どんな意味が隠されているのか。そうした疑問の答えを探るべく、的確な戦術分析で人気を博す元Jリーガーの解説者、林陵平氏に指南を仰いだ。海外サッカー通として知られ、現役引退後は東京大学運動会ア式蹴球部(以下、東京大学サッカー部)の監督も務めた理論派が、「考える力」の奥深さを説く。

賢さと技術だけでは現代サッカーで通用しない

──ここ数年で「サッカーIQ」という言葉が一般的に使われるようになりましたが、林さんが考える、いわゆる“賢い選手”とはどういった選手を指すんでしょう?

 言語化するのは難しいですが、やってみましょう(笑)。あえて定義するなら、「ピッチの中で、状況に合わせて最適なポジションを取れて、様々な選択肢の中から最適な選択ができる選手」になるでしょうか。

──具体的に、どんな選手が思い浮かびますか?

 海外だとマンチェスター・シティのベルナルド・シウバとか、バルセロナの(イルカイ・)ギュンドアンとかですね。相手がこう来たら、ここに立ち位置を取るといった判断を瞬間的にできる選手は、見ていて「頭がいいな」と感じます。

──「サッカーIQが高い=戦術理解に優れている」と言い換えることはできますか?

 チームのやりたいこと、監督の求めているサッカーを理解できていることは大前提です。ただ、チーム戦術を理解していても、サッカーは相手のあるスポーツですから、実際にゲームが始まってみたら、その特徴を消されてしまうケースも少なくありません。それに対して、さらにプラスアルファを出せる選手、相手がこう来るなら、自分はここにポジションを取ろうという判断を瞬時にできる選手が、つまりはサッカーIQの高い選手ということになると思います。

 もちろん、現代サッカーでは高いアスリート能力が必須ですから、当然ながらスピード、パワー、クイックネスといったフィジカル要素も備えていなくてはなりませんが。

──賢さと技術だけでは、トップレベルでは通用しない?

 そうですね。90年代初頭に花形だった“ファンタジスタ”と呼ばれる選手が減ってきたのも、近年フットボーラーのアスリート化が激しく進んできたからです。攻守の切り替えが格段に速くなって、ファンタジスタが生きるための時間もスペースもなくなってしまった。やはり現代サッカーでは走れないと、球際で戦えないと、基本的には通用しません。

──激しく走りながら、コンマ何秒で正しく状況を判断し、最適なプレーを選択しなくてはならない。難しい時代ですね。

 めちゃくちゃ難しい(笑)。だから、トップレベルで通用する選手も限られてきていると思います。

──現役時代のチームメイト、もしくは対戦相手で、「この人、頭がいいな」と思った選手はいますか?

 中村憲剛さん(元川崎フロンターレ)ですね。すごく考えながらプレーしているなって。試合中は時間帯とか点差によっても求められるものは変わってきますが、憲剛さんの場合、「今、何をしなければいけないのか」の判断が常に的確でした。しかもその上で、自分の立ち位置を修正するだけでなく、「もっとテンポを上げてボールを前に運ぼうよ」とか「相手がこうプレッシャーをかけてきたから、こういうポジションを取ろうよ」といった具合に、周りにメッセージも送れる。

 頭のいい選手って、共通してそうした“発信力”を持っているんです。考えながらプレーしていないと、仲間に指示なんて出せませんから。そうやってチームを動かせるという意味では、現日本代表の守田(英正)選手もサッカーIQが高いと言えるでしょうね。

──代表で守田選手とボランチでコンビを組む遠藤航選手はどうですか?

 もちろん賢さというか、考える力がなければ、リバプールのようなビッグクラブでレギュラーを張れるはずもありません。(ユルゲン・)クロップ監督に求められることを理解し、チームメイトに求められることも理解しながら、その中で自分の特徴をどう生かすかも考えてプレーしている。移籍1年目で、さほど時間もかからずにチームにフィットできたのも、理解力の高さゆえ。そう考えると、サッカーIQの高い選手はおしなべて適応能力も高いと言えるでしょうね。

戦術理解力よりも大切なのは状況判断力

移籍1年目でリバプールに素早くフィットし、クロップ監督の戦術的要求に応えている遠藤航。サッカーIQの高い選手は、おしなべて適応能力も高いようだ 【Photo by Sebastian Frej/MB Media/Getty Images】

──この選手に、もう少し賢さがあれば、もっと大成できたのに……と思う選手はいますか?

 そんな失礼なことは言えませんよ(苦笑)。ただ、仮に考える力がなくても、なかにはセンスだけでプレーできてしまう選手もいるんです。もちろん、先ほども言ったように高いアスリート能力が備わっていることが前提ですが、そこがサッカーの面白いところでもあって。全員が全員、試合中に細かく立ち位置を考えているわけでもないし、特別にサッカーIQが高いわけでもないけれど、感覚やセンスだけで問題を解決できてしまう選手もいるんです。

──林さんが解説されたラ・リーガ第23節のマドリード・ダービーは、90分間で両者のシステムや配置が目まぐるしく変化する試合になりました。さすがにああいった戦術レベルの高い試合では、常に頭をフル回転させていないと対応が難しいのでは?

 確かにそうかもしれませんが……プレー中の選手って、戦術的な部分はそこまで考えていないんです。むしろ瞬間、瞬間の感覚で判断し、プレーしていることのほうが多い。特にセンターフォワードの選手なんかは、相手のセンターバックとの駆け引きに神経をすり減らして、戦術についてはそれほど意識していないと思うんです。

 もちろん、チームとゲームをコントロールする役割を担うセントラルミッドフィルダーなどは、戦術的なことを頭に入れながらプレーしているでしょうが、すべての選手がそういうわけではありません。それよりも、今チームが必要としているものを瞬時に理解し、最適な判断を下せる、いわゆる“気の利く選手”が、すなわち頭のいい選手と言えるのかもしれませんね。

──つまりサッカーIQを構成する要素で言うと、「戦術理解力」よりも「状況判断力」の方が大きなパーセンテージを占めると?

 そう思いますね。最初にも言いましたが、サッカーとは相手のあるスポーツで、状況は刻一刻と変わっていくものですから、戦術を理解する能力がどんなに高くても、変化に対応できなければその価値も半減してしまいます。

──林さんは現役引退後、東京大学のサッカー部で約3年間(21年1月~23年10月)、監督を務められました。プロとアマチュアで、“賢さ”の基準に大きな差があると感じましたか?

 そんなことはありません。東大の選手たちはものすごく考えながらプレーしているし、分析力や戦術理解力はプロにも引けを取りません。でも、サッカーってそれだけでは成り立たなくて、むしろ技術やフィジカルがそれを上回るわけです。結局、正しいポジションを取ってもパスがズレたり、トラップがきちんと止まらなかったりしたら話になりませんから。プロのほうが賢いとは一概には言えませんが、頭のいい選手が揃っていれば強いチームができるってことでもない。それもサッカーの面白さですね。

──スポーツ推薦ではなく、一般受験を勝ち抜いて日本の最高学府に入学した選手たちですから、いわゆる“地頭”はいいんでしょうね。

 それは間違いなく(笑)。ただ、理論が先走るというか、机上の空論が少なくないんです。立ち位置にこだわるのはいいんですが、特にスペースがない中では、それよりも味方に正確にパスを届け、トラップをきちんと止められることの方が大事になるんです。だから、もっと技術的なところを突き詰めないと、レベルは上がらないよっていうのは常に感じていましたね。

──逆に言うと、技術レベルがなかなか上がっていかないから、どうしても理論が先行してしまう?

 そうとも言えますね。そこは難しいところなんです。自分たちは上手くないから、立ち位置にこだわりましょうという考え方も分かるし、それよりも前に技術レベルやアスリート能力を上げるべきだという考え方もできますから。

──そのジレンマも、言ってしまえばアマチュアだから?

 そうですね。プロはすでに個々の能力値が高いので、ピッチに11人を立たせれば、それだけである程度はやれてしまう。ただ、だからこそ、監督の戦術というものが必要だと思うんです。具体的な戦い方を提示できれば、選手たちの能力もより引き出せますからね。

──明確な戦術のベースがないと、選手が自分で判断しなくてはならない部分が大きくなりすぎる?

 それも重要なんですよ。ピッチに立つのは監督じゃなくて選手なんですから。だけど、同じくらいのレベルのチーム同士が戦えば、そこで差を生むのが戦術でもあるわけです。4-4-2と3-4-2-1だと立ち位置は全然違うし、それを理解させた上で、相手がこう来たらこう剥がしましょうといった約束事を選手たちに伝えておく。それだけでやるべきことが整理されるし、結果的に判断のスピードも速くなるんです。

──「賢さ=状況判断の速さ」と捉えるなら、選手の賢さを引き出すのは監督の戦術と言えるのかもしれませんね。

 組織があるからこそ、個が生きる。個の能力だけでもある程度まではできますが、限界はありますからね。

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著者プロフィール

1967年、京都府生まれ。法政大学を卒業後、ファッション誌の編集者を経て、『サッカーダイジェスト』編集部へ。その後、94年創刊の『ワールドサッカーダイジェスト』の立ち上げメンバーとなり、2000年から約10年にわたって同誌の編集長を務める。『サッカーダイジェスト』、NBA専門誌『ダンクシュート』の編集長などを歴任し、17年に独立。現在はサッカーを中心にスポーツライター/編集者として活動中だ。

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