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力のクロップ、技のデ・ゼルビとアルテタ 欧州の北と南を代表する日本人3選手のボス

森昌利

プレミアでプレーする日本人3選手のボス――クロップ、デ・ゼルビ、アルテタは取材者の目から見てそれぞれどんな監督、そして人物なのか 【Photo by Getty Images】

 リバプールのユルゲン・クロップ、ブライトンのロベルト・デ・ゼルビ、そしてアーセナルのミケル・アルテタ。今季、プレミアリーグでプレーする遠藤航、三笘薫、冨安健洋の所属クラブの指揮官たちだ。今回はドイツ、イタリア、スペインと、それぞれ欧州の異なる国出身の3人の監督に迫る。

混合が進むも今なお見られる北と南のコントラスト

 日本人選手がイングランドからカタールに旅立って早3週間。今週は三笘薫、冨安健洋、そして遠藤航が所属する3クラブの監督について記述する。

 しかしまず個々の監督の話をする前に、英国からヨーロピアン・フットボールを見渡すと、これが天候、人種、文化が分かれるのと同様、大きく北と南に分かれるということを書いてみたい。

 その違いを簡単に記すと、北ではアングロサクソンの恵まれた体躯(たいく)を駆使するフィジカルなフットボールが発達し、南のラテンでは、北との比較で小柄だが、俊敏な男たちが軽快にボールを扱うテクニカルなフットボールを追求してきた、ということになる。

 北の強豪国はドイツ、オランダ、イングランド。そして南はイタリア、スペイン、ポルトガル。こうして書き出した国を見るだけで、明確にスタイルが分かれているのがイメージできるはずだ。

 こう綴ると、フランスはどうなんだとツッコミたくなる読者もいるだろう。たしかに2018年ロシアW杯王者の国は言語も文化もラテン系である。しかし代表チームを人種的に見ると、フランスの国土の位置を反映するように、北ヨーロッパの系の白人とラテン系が混ざり、そこにかつてのアフリカの植民地から移り住んだパワフルな黒人が加わる。こうしてうまい具合に人種が配合したことも、近年の代表チームの強さに結びついているような気がする。また東欧のフットボールを省略するわけではないが、今回は欧州を大まかに北と南に分けて話を進めたい。

 ただし、近年ではこうした北と南の違いは、本当にわずかになる一方である。相手よりも少しでも優位に立つために、北の選手が技術を重視しはじめ、南の選手が身体を鍛え上げた。特にクラブサッカーでこうした融合が進んだ。

 この北と南の混合を個人的にいち早く成功させたのがクリスティアーノ・ロナウドではないだろうか。元々はポルトガル出身のスキルの高い選手で、マンチェスター・ユナイテッドに移籍した2003年当時は痩せた18歳の少年だった。しかしイングランドでのちに肉体改造に成功し、2000年代後半には卓越した技術に強さと速さも手に入れて、最もモダンかつ斬新な選手になった。

 けれども、南の技術に北の強さと速さを取り入れて、テクニックとフィジカルの両面で頭抜けたロナウドは例外的で、相対的に見るとやはり北出身の選手は強さと速さが少し上回り、南出身の選手はまずうまさが際立つ。

 そしてこうした北と南のコントラストは、監督が志向するフットボールのスタイルにも表れると思う。

尋常でない愛情の大きさが波動プレスの基盤

選手愛に溢れたリバプールのクロップ監督。かつては香川、南野、そして現在は遠藤のボスであり、日本人プレーヤーと縁がある 【Photo by Matt McNulty/Getty Images】

 まずはリヴァプールのユルゲン・クロップ監督について記す。出身国ドイツで『ゲーゲン・プレス』と呼ばれ『カウンター・プレス』と英訳された戦術を編み出し、強さと速さの権化のような北ヨーロッパのフットボールを究極的に追求した指導者だ。

「この中で一番フィットしている選手は誰だ?」

 リヴァプール監督に就任にして初めて練習場に姿を現したドイツ人闘将は、まず選手にこう問いかけたという。

 選手は口を揃えて「アダムだ」と言った。現在はブライトンで三笘の同僚となっている元イングランド代表MFアダム・ララーナのことだった。

 するとクロップ監督は「それじゃ、これからはアダムをこのチームのフィットネスの基準とする。みんな彼と同じくらいにフィットしてくれ」と言って、選手を鍛えはじめた。

 リヴァプールの選手はとにかく走らされるという。2018年にサウサンプトンからリヴァプールに移籍したフィルジル・ファン・ダイクが、「正直きつい」とその練習における走量について話したことが記憶に残っている。クロップのチームでは練習中に頻繁に血液検査を行い、科学的に管理しながら、選手を限界まで走らせる。

 そしてついにあの怒とうのようなカウンター・プレスのチームを完成させて、2018-19シーズンに欧州チャンピオンズリーグを制すると、翌2019-20シーズンにリヴァプールの悲願だったリーグ優勝を30年ぶりに達成した。

 けれども何が限界まで選手を走らせるのか。その根本には“希代の人たらし”とも言える、クロップの人間的魅力がある。

 筆者も南野拓実、そして昨夏にリヴァプールに加入した遠藤航の取材を通して、クロップの太陽のように明るく、温かい人間性に触れて、その魅力を目の当たりにしてきた。しかしそれを書き出すとキリがないので、どこにも書いていないエピソードを一つだけ紹介したい。

 それは2022年5月17日に行われたサウサンプトンとのリーグ戦の直後のことだった。

 このシーズン、イングランドで前人未到の4冠を追いかけたリヴァプールであったが、そのために生じた過密日程でついにこの試合、クロップ監督は疲労困憊した主力を休ませ、控え選手に全てをかける決断を下した。

 リーグ戦ではほとんど先発できなかった南野がこの試合のスターティングイレブンに名を連ねた。そして相手に先制されたアウェー戦で、日本代表MFが気合の同点弾を決めて試合を振り出しに戻した。最終的にはジョエル・マティプの決勝弾でリヴァプールが2-1で逆転勝利に成功して、最終節にリーグ優勝の希望を残した。

 南野は持てる全能力と全精力をこの試合に捧げた。まさに南野のリヴァプール愛が爆発したような試合で、控えに甘んじる選手がこれほどまでにチームの勝利にこだわれるものなのかと、見る者に感動を与えた。

 しかし優勝の望みをつなぐ貴重な同点弾を決めたにもかかわらず、当時27歳であり、ビッグクラブに所属しているとはいえこれ以上は控え選手ではいられないという決断を下し、南野はこの試合直後にシーズン終了後の移籍を自ら明かした。

 つまり、もうこのサウサンプトン戦前には移籍を決意していたわけである。

 それでもあのような気迫のこもったパフォーマンスができたのかと感嘆しながら記者室へ戻ると、そこで会見を終えたばかりのクロップ監督とすれ違った。その瞬間、ドイツ人闘将は筆者の目を覗き込み「Taki was really really incredible, just incredible(タキ――南野の愛称――は本当に、信じられないほど素晴らしかった)」と吐息を漏らすかのように語りかけてきた。

 そしてその瞳はわずかに潤み、感激の余韻が滲んでいた。

 この時、一介の日本人記者にさえ南野のパフォーマンスにこれほどの思いを示したクロップが、実際に選手に接した時、いったいどれほどの感情を伝えるのだろうかと想像した。

 そんな尋常ではない愛情の大きさ。それがクロップのドイツの不撓(ふとう)不屈のフットボールを過激に形にした、波動プレスの基盤にあることは間違いない。

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2024-25で24シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル29年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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