鍵山が完成度の高い演技でNHK杯を制す 2位の宇野も絶賛する、復帰の過程で磨いた表現力

沢田聡子

鍵山は宇野の「魅せる能力」に言及

鍵山はフリーで力のこもった演技を披露 【写真:西村尚己/アフロスポーツ】

 ショート首位で臨んだフリー、鍵山は『Rain, in Your Black Eyes』(ローリー・ニコル氏振付)を滑る。最終滑走者の鍵山は、直前に滑った宇野の好演技の余韻が残るリンクでスタート位置に立ち、ポーズをとった。最初のジャンプとなる4回転サルコウは飛距離と着氷後の流れがあり、4.30という高い加点を得る。続いて跳んだ4回転トウループからの3連続ジャンプも、最後に予定していた3回転が2回転になったものの着氷。2つ組み込んだトリプルアクセルのうち、後半に跳んだ2本目で転倒したのが唯一の大きなミスだったが、ショートに続きすべてのスピン・ステップでレベル4を獲得している。

 転倒でプログラムの流れが途切れたことが影響したのか、フリーの演技構成点は2項目が9点台、1項目は8点台とショートより少し低い評価となった。しかし、コレオシークエンスとステップシークエンスは迫力に満ちていた。ピアノの音を体現する伸びやかなスケーティングと上半身の力強い所作、細かいリズムに合わせて刻む鋭い足さばき。テンポを上げていく旋律の先をいくように滑る鍵山に、会場から手拍子が降り注ぐ。音楽と溶け合うスケーティングを披露した鍵山は、手を下ろしてラストポーズを解いた後もしばらく天を仰いだままだった。

 フリーのみでは鍵山の得点182.88は宇野の得点186.35に及ばなかったものの、合計では鍵山の得点288.39が宇野の得点286.55を上回り、鍵山が優勝を果たした。

 バックヤードでは、鍵山のフリーをモニターで見守った宇野の姿がテレビカメラにとらえられている。宇野は世界王者ならではの眼力で、鍵山の積んできた表現面での鍛錬を見抜いていた。

 翌日、エキシビション終了後に鍵山と二人並んで臨んだ一夜明け会見で、宇野は「僕は優真くんのフリーのステップがすごく好きで」と熱く語っている。

「エネルギッシュなところも好きなのですが、全部力任せにやっているわけじゃないところもすごく好き。僕にできない表現力を持っていますし…僕はバレエ要素、所作をきれいに、というのがあまり得意ではなくて。(鍵山は)そういった部分がすごく上手で、しかもそういうものは本当に細かい練習をして努力をしてこないと現れないことなので。

 僕はそういう雰囲気の演技はできますけれども、細かい部分はやってきていない。これからもあまりやるつもりはないのですが、でも僕にできないことだからこそ『すごいな』と思うし、この一年でさらに上手になった。僕は(今季)表現を頑張ると言っていましたが、『優真くんは既に僕より先に頑張ろうとしていたんだな』と。練習から見て『すごいな』と、マジで思っていました」

「こんなに言われるとは」と照れ笑いで宇野の賛辞を受け取った鍵山は、フリーの滑走直前に残っていた宇野の演技の余韻を振り返っている。

「本当に昌磨くんも、昌磨くんにしかできない表現を持っています。フリーでは静かな曲の中であれだけお客さんを巻き込んで、『あっという間に終わった』みたいな感じにさせるのは本当にすごいと思うので。僕もお客さんを惹きつける力、魅せる能力というものを、もっと身につけたいです」

 鍵山と宇野は、グランプリファイナル(12月、中国・北京)への進出を決めている。ファイナル、そして全日本選手権では、4回転ジャンプだけではなく表現にも目を凝らし、二人の演技を堪能したい。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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