95年、球団の「外」から福留1位を決めた星野仙一 7球団の競合に敗れるも、「外れ外れ1位」で獲得できた稀代の名手
後に逆指名を通じて入団することとなった福留。ただ、95年のドラフトでは7球団競合の末に近鉄が交渉権を獲得していた 【写真は共同】
中田宗男著『星野と落合のドラフト戦略 元中日スカウト部長の回顧録』から、一部抜粋して公開します。
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回避もあった? 福留の1位指名
この年のドラフトの目玉はもちろんPL学園高の福留だった。私は担当スカウトとして、10年に1人の逸材であるこの選手を1年の頃から見ていたし、当然球団にも1位指名を早くから進言していた。何よりもあれほどの逸材の意中の球団が中日と巨人だという。
だが、私には球団が福留1位の方針を決め兼ねているように映った。というのは、編成部部長の岡田さんがずっと「即戦力のピッチャーを獲ったほうがいいんじゃないか」というスタンスだったからだ。岡田さんは、今年は1位で誰を指名する、何位で誰を獲るなど、早くからあまり決める方ではなかった。我々スカウトも、岡田さんが何を企んでいるのか測りかねる部分も多かった。
そんな岡田さんはNKKの即戦力投手・舩木聖士(阪神1位)の逆指名を画策していたようだった。「ようだった」というのは、そのことを中国地区担当スカウトだった早川さんから電話をもらって知ったからだ。
当時の逆指名は選手の関係者などに接触し、交渉や根回しを行わなければならなかった。その「動き」を察知した早川さんから「岡田さんがこっちで舩木を逆指名で獲る動きをしているようだ。福留の指名はないかもしれないぞ。ウチはどうなってるんだ?」と連絡をもらったのだ。
二枠使える逆指名の一枠は東北福祉大・門倉健で内定していた。つまり、もう一枠を舩木に使えば、それは福留を1位指名しないということを意味する。
「星野さんに報告したほうがいいんじゃないか?」
早川さんはそう言い残して電話を切った。
しばらくして星野さんから電話がきた。ちなみに、このときの星野さんは翌年からの監督復帰が濃厚だったとはいえ野球解説者であり、球団の「外」の人だった。
「今年のドラフトは福留1位で決まってるんだろう? なんで公表せんのや」
私はその電話で、半ば泣きつくように言った。
「スカウト全員が福留でいこうと言っています。福留本人も中日が意中の球団です。それでも岡田さんは舩木でいこうとしているようです。こんなことでいいんですか!」
後日、私は星野さんに呼び出された。
「今のスカウト(部)は、どないなっとるんじゃ! 思っていることを話せ」
岡田さんと折り合いが悪かったことは前に書いたが、この数年岡田さんに対して思っていたことを全部話した。かなり辛辣なことも口にした。
「お前、岡田さんが俺の恩人やと知っていて言うとるんか?」
星野さんにすごまれたが、私も我慢の限界だったので売り言葉に買い言葉で応戦した。
「恩人かなんか知りませんけどね、アカンものはアカンでしょ!」
「そこまで言うからには責任を取れるんだろうな!」
「責任を取れというならいつでも取りますよ。岡田さんにはもう何度もクビにされているようなもんですから!」
岡田さんと星野さんに喧嘩を売ってしまった以上、本当にクビになるかもなと覚悟した。
結局その場ではお互いに冷静に話を続けることができず、後日、球団の偉い方が間に入る形で、冷静に話をする場を改めて設けていただいた。
色々と思うところを話させてもらい、最終的に星野さんから「岡田さんには俺が言っておく。1位は福留で決定でいいからいけ!」と非公式ながらも福留1位指名へのゴーサインが出た。
ちなみに岡田さんはシーズン途中に大病を患い入院され、その後は本田さんがスカウト部長代行、伊藤濶夫球団代表が編成本部長、私がまとめ役となった。
岡田さんは本当に福留を回避して舩木にいこうとしていたのかはわからないままだ。
迎えたドラフト当日、会場で円卓につくと星野さんは「おい、扇子はないんか?」と聞いてきた。扇子とは、スカウトの高木さんから授かり近藤と立浪を引き当てた縁起物のあの扇子のことだ。だが高木さんは阪神へ移籍していたため扇子はなかった。そのせいということもないだろうが、7球団競合となった福留の交渉権を引き当てたのは近鉄の佐々木恭介監督だった。
「福留に謝りに行ってこい」
1位指名の抽選が終わると星野さんが私に告げた。事前に「福留は必ず俺が当たりくじを引くから心配するな」と公言していたからである。
私はドラフト会議終盤に会議場を抜け出し、星野さんの気持ちを伝えるため、下りの新幹線に乗り大阪を目指した。
交渉権が近鉄になってしまった以上、福留に直接会うわけにはいかない。違反行動にならないように細心の注意を払いながら、関係者を通じてなんとか謝意を伝えることができた。今にして思えば、このときから3年後の逆指名獲得へ向けた動きが始まっていたのかもしれない。