3連覇ならず、涙の準優勝に終わった横浜 チームを引っ張り続けた緒方と杉山の絆
閉会式後も涙が止まらない横浜
キャプテンとエースとしてチームを引っ張ってきた緒方(右)と杉山 【大利実】
9回無死一塁の場面で、4-6-3の併殺を狙ったショート緒方漣の右足が、「ベースに触れていない」と二塁塁審に判断され、オールセーフ。試合後、村田浩明監督が「ちょっと信じられない」とコメントを出すなど、物議をかもす判定となった。
閉会式の最中も、キャプテン緒方の涙は止まらなかった。泣き続ける緒方に気付いた主砲の萩宗久が、右手でソッと背中をさすり、チームを引っ張り続けてきた緒方を支えた。
閉会式を終えると、村田監督は三塁ベンチ前で選手を集め、ミーティングを開いた。言葉を伝えるたびに、選手の目から涙があふれてくる。その後、スタンドにいたメンバー外の選手に応援の感謝を伝えると、二塁ベース付近に向かい、集合写真の撮影が行われた。
撮影に向かう途中、まだ涙が止まらない緒方のもとに村田監督が歩み寄り、声をかけた。試合後初めての2人だけの時間だった。
写真撮影のタイミングで、一塁側では慶応義塾の歓喜の胴上げが始まった。優勝と準優勝。ワンプレーの名と暗。非情なコントラストだった――。
「杉山に感謝したいです」(緒方)
閉会式が始まっても悔し涙が止まらなかったキャプテンの緒方(左から2番目) 【大利実】
「判定は覆らないので何とも言えないですけど、悔しいです。いつもどおりの形で、自分は(ベースに)入ったんですけど、離れていると判断されてしまって……」
右足でベースを触れたかどうかは、緒方自身が一番わかっていることだろう。
慶応義塾の校歌を聴きながら、どんなことが頭に浮かんできたか――。
「監督を甲子園に連れて行きたかったので、それができなくて、自分の代で甲子園に行きたかったんですけど、それが叶わなくて、本当に悔しいです」
はじめのうちは我慢していた涙が、一気にあふれ、涙声に変わった。
集合写真に向かうときには、村田監督から「3年間ありがとう。チームを引っ張ってくれて、ありがとう」と声をかけられたという。
中学時代はオセアン横浜ヤングで、日本一を成し遂げ、いくつもの高校から誘いを受けた。その中で横浜を選んだのは、村田監督の日本一を狙う熱い気持ちに心が動かされたからだ。さらに、走塁やカットプレーなど細かい野球を突き詰めるチームスタイルが、「体の小さい自分には合っている。自分の長所を生かすことができる」と冷静に判断して、横浜で戦うことを決めた。
入学後は、すぐにAチームに帯同し、夏の甲子園の初戦では逆転サヨナラ3ランを放ち、脚光を浴びた。最上級生になってからの1年間は、もともと自信があった守備をさらに磨き、特に「一歩目」に力を注いできた。
準々決勝のあとには、「これまで何試合も経験してきたので、打球の予測が立てられるようになっています」と語っていた。
言葉通りのプレーを見せたのが、決勝の5回だ。2点ビハインド、二死一、二塁の場面で打球は三遊間へ。緒方はダイビングキャッチをしたあと、すぐに立ち上がり、二塁へストライク送球。抜ければ3点差に広がる状況で、杉山を救った。
「チャンジアップ(のサイン)だったので、三遊間に頭があって、その予測どおりに打球が来て、一歩目が切れました」
杉山の後ろはもう何度守ってきたかわからない。杉山が苦しいときには、タイムを取り、マウンドに駆け寄った。
「杉山があっての自分たちの代。杉山が頑張っていたので自分も刺激を受けて、たくさんのことを乗り越えられることができた。杉山に感謝したいです」と、その目からまた涙が溢れた。