ソロ2種目連覇の乾友紀子が新ルール下でも追求した理想の演技 大蛇を演じた上半身に詰まった、表現者としてのプライド

沢田聡子

選手達も認める“異次元”、乾のすごさ

連覇を期待された乾には「簡単なことじゃない」という思いがあった 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 世界水泳選手権福岡大会のアーティスティックスイミング(以下AS)・ミックスデュエットのテクニカルルーティン(以下TR)金メダリストの佐藤陽太郎は、乾友紀子について「すごくかっこよくて、自分の尊敬する選手の一人」だと語る。今年初めて行われた男子ソロのフリールーティン(以下FR)決勝を泳ぎ終えた後(4位)に、こんなコメントを残した。

「乾選手のすごさというか異次元さを、身をもって体感することができました」

 また比嘉もえとのデュエットでTR金メダル、FR銅メダルを獲得した安永真白は、FR決勝後に「本当の実力でメダルをとれるように」と述べ、言葉を継いだ。

「乾さんのソロのように、誰が見ても『この人が1位だ』という感じで、私達も誰が見ても『このデュエットはメダルがとれるデュエットだね』と思ってもらえるような実力を(つけられるように)、二人で頑張っていきたい」

 今季から実施された新ルールへの対応に苦労する選手から見ても、今大会ソロTR・FRで連覇を果たした乾の実力は際立っていたことがうかがえる。予選と決勝で順位が一変するような今大会で、乾は安定して力を発揮し続けた唯一の選手といえるかもしれない。

 小学1年生の時にAS(当時の名称はシンクロナイズドスイミング)を始めた乾は、小学校6年生から名伯楽・井村雅代コーチの指導を受けるようになる。2009年には日本代表入りを果たし、五輪は三大会(2012年ロンドン五輪・2016年リオデジャネイロ五輪・2021年に行われた東京五輪)に出場、リオ五輪ではデュエット・チームで銅メダルを獲得している。東京五輪後からはソロに専念しており、昨年ブダペストで行われた世界選手権ではTRとFRの二冠を達成した。

 優れた素質と恵まれた体を持ち、経験豊富な井村コーチの指導を受ける乾は、ルール改正の影響で序列が存在しなくなった今大会に、最も金メダルに近い存在とみなされて臨んだといえるだろう。しかし、乾自身は「簡単なことじゃないな」と思っていたという。

「去年金メダルを獲得していて、多分『今年も』と皆さんが思われていたと思うのですが、心の中では『そんな簡単なことじゃないよ』と思っていたところもあったので」

 乾が難しさを感じていた原因の一つには、今シーズンから施行された新ルールがあると思われる。新ルールはフィギュアスケートのように一つひとつの技に点数がつく方式で、勝敗を分けるのはDD(Degree of Difficulty)と称される難度点だ。試合本番で事前に申告した構成通り実施できなかったと判定されると、最小の難易度を意味する“ベースマーク”がつき、大きく減点される。リカバリーする余地はないため失敗は致命的となる一方で、申告時にDDを抑えすぎると高い順位は望めない難しさがある。

 井村コーチは映像に分度器を当てて足の角度を測り、またスロー再生を繰り返して新ルールで求められる演技を把握した。そして乾はその指導に従い、正確な演技を追求する。その緻密な努力が、新ルール施行後の国際試合4戦(ワールドカップ3戦・世界選手権)をベースマークなしで終えるという結果につながった。

 新ルールへの対策を万全にする一方で、乾と井村コーチは演技の芸術性も追求し続けた。連覇を達成したソロTR決勝後、乾はミックスゾーンで報道陣に対応している。

――井村先生は「世界一の難易度と表現力を目指していく」と、乾選手も「私にしかできない演技を見せたい」と言っていたが、改めて連覇を達成してどのように考えているのか

 この質問に対し、乾は「ちょっと、話がずれるかもしれないんですけれども」と前置きして話し始めた。

「中国の選手も、難度が一番高いわけではなくてもランキング1位で予選を通過している種目もあると思うんです。それを見て、『かっこいいな』と。(難度を)詰め込むだけではなく、技術力・表現力・難度をしっかりやりこなしているんだな、と結果を見て思っていましたし、そこはすごいなと」

 あえて自らについては語らない謙虚さと同時に、新ルールの下でも目指す演技はぶれていないことを感じさせる答えだった。

1/2ページ

著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント