ソロ2種目連覇の乾友紀子が新ルール下でも追求した理想の演技 大蛇を演じた上半身に詰まった、表現者としてのプライド

沢田聡子

ASは足技だけの競技ではない

足技のスピードを上げることで、上半身で表現する時間を確保した 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 乾のFRは昨年から泳ぐ『大蛇』で、妖艶さと荒々しさの対比を表現する。新ルールでは高得点を狙うためにハイブリッドと呼ばれる高難度の足技が増え、どの選手も上半身を水上に出す時間が少なくなる傾向にある。しかし、乾は正確な足技の間も休むことなく水面から上半身を高く上げ、鬼気迫る表情で大蛇を体現し続けた。泳ぎ終えた乾は最後のポーズをとったまま天井を仰いでしばらく動かず、すべての力を出し切った様子だった。

 芸術点もトップだった乾は、貫録さえ漂わせてFRでも連覇を果たした。表彰式後のミックスゾーンで井村コーチは、どうしても削りたくない手の振り付けがあったと明かしている。

「(ハイブリッドで)無呼吸の状態が長くなってそこを削るのだけは、私のプライドにおいて許さないと」

「ASが難度のための足技だけになるのは悲しいこと」と考えた井村コーチと乾が選んだ方法は、スピードを上げて1.2~3秒に一つの足技をこなし、DDをとるためにかける時間を短くすることだった。井村コーチは「外国の選手よりも、彼女の方が手の動作や顔、上体が印象に残っていると思う」とコメントしている。

「他の国の選手はハイブリッドで高いDDを取るために、疲れるのが嫌だから、エネルギーを温存して出来るだけ疲れないことをした。でも私は『回れ』『跳び上がれ』とかいろいろ言うから、よく頑張ったなと思います。でもDDを取るために手の動作を減らすのは、私としたらやっぱり許せないし妥協できない。去年と比べたら(手の動作を減らすことも)もちろんやっていますが、精一杯表現の方にも時間を割いて、表現力を表せるような構成にはしたつもりです」

 表彰式後のミックスゾーンで、乾は表彰台の一番高いところで流した涙について問われている。

「いろんな意味でのプレッシャーや重圧、不安があったので、ほっとした気持ちと、金メダルを獲得することは簡単なことではないので…特に今回の展開でそう思ったので、『良かったな』と思っていました」

 新ルールの下で、勝利だけでなく理想の演技も追求して勝ち取った乾の金メダルは、特別な輝きを放っている。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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