五輪連覇の重圧から解放された羽生結弦 フィギュアスケートを慈しむ、新たな門出

沢田聡子

ぎりぎりの状態で臨んでいたフリー

男子フリーの演技を終え、拍手に応える羽生結弦 【写真は共同】

「全然楽しくなかったです」

 10日に行われた男子フリー、その時点での上位3人が座るグリーンルームからミックスゾーンに移動してきた羽生は、「グリーンルームで楽しそうな表情が見えたが、このオリンピックは楽しめたのか」という質問に即答した。

「もういっぱいいっぱいでした」

 現地で取材していて、感じるのは中国での羽生人気の高さだ。羽生が6分間練習に登場しただけで拍手がわき、羽生の滑走順になると会場がざわめく。明らかに、北京に羽生が来ていることに高揚している雰囲気が感じられる。しかし、当の羽生本人がこの北京五輪を楽しめていなかったのであれば、それは不幸な状況に思えた。

 ショートで氷の穴に乗ってしまう不運に見舞われ、8位と出遅れて迎えたフリー。羽生の右足の状態は、深刻だった。フリー後のミックスゾーンでは「正直、詳しく話すかどうかをすごく悩んでいます」としながらも、「かなりいろいろ手を加えていただきました」と説明している。4回転アクセルに挑み、成功はしなかったものの「これが4回転半の回転の速度なんだ」と手応えを得た達成感を漂わせながらも、その時の羽生には悲壮感も感じられた。

9歳の自分と跳んだ、4回転アクセル

14日、北京市内のメインメディアセンターで会見に臨む羽生結弦 【Photo by James Chance/Getty Images】

 14日、羽生は、競技終了後にいつも行っている一夜明けの囲み取材と同じ意味合いと思われる会見を開いた。使われたのは大きな部屋で、羽生の取材時はミックスゾーンが混んでしまうことを、羽生本人が感染防止の観点から危惧したことによる措置のようだ。

 会見の2時間前に予定の場所に行ってみると、既に現地の中国メディアが列を作っていた。1時間前に部屋に入ると、羽生を待つ熱気があふれている。待つ間、羽生にインタビューするにはどうすればいいかと中国の報道陣と思われる女性二人に尋ねられた。現地での羽生の人気を改めて感じる状況だった。

 その会見の直前に、羽生は競技終了後初めてとなる練習をしている。フリーを終えてからの4日間で、羽生は4回転半への挑戦や、今までの道程について考えていたという。歓声が響く中で会見が行われる部屋に入った羽生は、フリー後よりもずっと穏やかな表情をしていた。

 フリーから4日経って今日滑ろうと思った理由と滑ってみて抱いた感情を問われ、羽生は実は滑ってはいけない期間だったことを明かしている。

「(フリーの)前日の練習で、足を痛めて。4回転半で、思いっきり自分の中でも一番に締めて片足で降りにいって、その時に捻挫しました。その程度も思ったよりもひどくて、本来普通の試合だったら完全に棄権していただろうなって思いますし、今も本当は安静にしていないといけない期間」

「当日の朝の公式練習、あまりにも痛かったので『どうしようかな』って思ったんですけど、その後6分間練習の10分前ぐらいに注射を打ってもらって、出場することを決めました。でもその注射の痛みを消してもらえる感覚であったり、または自分自身が怪我をしていて追い込まれていて、ショートも悔しくて、いろいろな思いが渦巻いた結果としてアドレナリンがすごく出て、自分の中でも最高のアクセルができたと思っています」

 体を張って4回転アクセルに挑んでいた羽生は、ぎりぎりの状態でフリーに臨んでいた。そしてフリーで跳んだアクセルは、採点上では回転不足となり転倒したものの、羽生にとってはある意味納得がいくジャンプだったという。

「正直な話、今まで『4Aを跳びたい』ってずっと言ってきて目指していた理由は、僕の心の中に9歳の自分がいて、あいつが『跳べ』ってずっと言っていたんですよ。ずっと『お前下手くそだな』って言われながら練習していて。でも今回のアクセルは一緒に跳んだっていうか、ほめてもらえたんですよね。ほとんど気づかないと思うんですけど、ちょっと大きくなっただけで、実は(フリーでの4回転アクセルは)9歳の時と同じフォームなんです。(9歳の羽生と)一緒に跳んだんですよね。だから、それが自分の自信になっているかもしれない。何より4Aをずっと探していく時に、最終的に技術的にたどり着いたのが、あの時のアクセルだったんですね。ずっと『壁を上りたい』と思っていた。いろいろな方々に手を差し伸べてもらって、いろいろなきっかけを作ってもらって上ってこられたと思っているんですけど、最後に壁の上で手を伸ばしていたのは、9歳の俺自身だったなって思って。そいつの手をとって一緒に上ったなっていう感触があって、そういう意味では『羽生結弦のアクセルとしては、やっぱりこれだったんだ』って納得できている」

 北京五輪フリーでの4回転アクセルは、「いつか見返した時に『羽生結弦のアクセルって軸細くてジャンプ高くて、やっぱりきれいだね』って思える、誇れるアクセルだった」と羽生は自負している。

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著者プロフィール

沢田聡子

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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