連載:プロ野球クイズ

プロ野球クイズ西武編、答え&掲載

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 プロ野球に関わるクイズを球団別、テーマ別に掲載してきた当企画も今回で最後。埼玉西武ライオンズ編の答え・解説をお届けします。

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西武クイズの答え・解説

西武クイズ20問、あなたは何問分かりましたか? 【写真は共同】

【問1】2021年9月4日の楽天戦、西武の生え抜き選手では初の2000安打に到達した栗山巧。試合中、栗山に花束を渡した西武出身の楽天の選手は?

1.岸孝之
2.涌井秀章
3.浅村栄斗
4.炭谷銀仁朗

【答え】4.炭谷銀仁朗
【解説】栗山の2000安打は歴代54人目。同シーズン中に2000試合出場も達成している。

【問2】2021年、23年間の現役生活に幕を閉じた松坂大輔。同年10月19日に行われた日本ハム戦が最終登板となった。この日の最高球速は?

1.「116キロ」
2.「118キロ」
3.「122キロ」
4.「125キロ」

【答え】2.「118キロ」
【解説】松坂の現役最終登板の対戦相手は、母校・横浜高の後輩にあたる日本ハムの近藤健介が務めた。全5球を投じ、結果は四球。1球目、2球目の118キロがこの日の最高球速だった。ルーキーイヤーの1999年から3年連続で最多勝のタイトルを獲得。2度の最優秀防御率に輝いた「平成の怪物」が23年間の現役生活で挙げた日米通算成績は、377試合登板、170勝108敗2セーブだった。

【問3】1999年5月16日、大きな注目を集めた松坂大輔とイチローの初対戦は3打席連続三振で、松坂の完勝だった。では、松坂とイチローの日米通算の対戦成績で正しいのは?

1.打率.226、0本塁打
2.打率.246、1本塁打
3.打率.268、2本塁打
4.打率.304、3本塁打

【答え】2.打率.246、1本塁打
【解説】松坂とイチローの対戦成績(日米通算)は、打率.246(打数61、安打15)、1本塁打、7打点、8三振。99年7月6日の第4打席、イチローが松坂から打った唯一の本塁打が、イチローの通算100号だった。

【問4】華麗な「バック宙ホームイン」が代名詞の秋山幸二。初披露したのは日本シリーズだが、それはいつ?

1.「1986年(広島戦)」
2.「1987年(巨人戦)」
3.「1988年(中日戦)」
4.「1992年(ヤクルト戦)」

【答え】1.「1986年(広島戦)」
【解説】秋山は86年、広島との日本シリーズ第8戦、6回表に同点本塁打を打った際に、側転からの「バック宙ホームイン」を初披露した。秋山は2020年、お笑いタレント・コンバット満のYouTubeチャンネルに出演して、「ベンチの雰囲気が暗かったので、盛り上げたい思いでやった」と誕生秘話を語っている。

【問5】現役通算2122安打、525本塁打をマークするも、打率、本塁打、打点の3タイトルを獲得したことがないことから「無冠の帝王」と言われる清原和博。そんな彼が現在も保持している、強打者の証とも言える2つの歴代最高記録(打撃成績)は?

1.死球、三振
2.四球、死球
3.三振、出塁率
4.死球、塁打

【答え】1.死球、三振
【解説】清原の持つ通算196死球、1955三振はいずれも歴代最多記録。ちなみに、三振の通算記録2位は中村剛也の1914。今シーズンで清原超えなるか。

【問6】スイッチヒッターとして初の本塁打王を獲得。「BOOM!」と叫びながら見せるガッツポーズでおなじみの、西武黄金期のクリーンアップを支えた外国人選手といえば?

【答え】オレステス・デストラーデ
【解説】デストラーデは1989年6月に西武に入団すると、いきなり32本塁打をマーク。90年から92年にかけて、3年連続で本塁打王を獲得した。秋山幸二、清原和博、デストラーデのクリーンアップは「AKD砲」と呼ばれ、猛威を振るった。ファンの支持は今なお高く、スポーツナビが2019年、球団別に実施した「平成の名助っ人ランキング」でも上位に。デストラーデのガッツポーズを真似したファンは多いのでは!?

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【問7】先発にリリーフに大車輪の活躍で、1950年代中盤から60年代前半の西鉄を支えた「鉄腕」稲尾和久。彼が61年シーズンに挙げた勝利数は、今もなお破られていない歴代最多タイ記録だ。何勝をマークした?

1.「38勝」
2.「42勝」
3.「46勝」
4.「50勝」

【答え】2.「42勝」
【解説】シーズン勝利記録は、稲尾とヴィクトル・スタルヒンが持つ42が最多になる。61年、稲尾は78試合に登板し404回を投げ、42勝14敗、防御率1.69、353奪三振をマークした。

【問8】“たまらん”守備で2018年から4年連続でゴールデン・グラブ賞を獲得している源田壮亮。彼は歴代最多となる遊撃守備のシーズン記録を2つ保持している。その記録とは?

1.刺殺、補殺
2.捕殺、失策
3.捕殺、併殺
4.併殺、刺殺

【答え】3.捕殺、併殺
【解説】源田は2018年、捕殺526、併殺112をマークしている。源田の攻守に渡るチームへの貢献度の大きさは、データで見ても明白。リーグ内の同一ポジションの平均的な選手と比較した貢献度を表す指標「得失点貢献」において、21年シーズンの西武の遊撃手はリーグトップの28.1となった。
【問9】スライダー、シュートを武器に、内角を強気に攻めるピッチングが持ち味の東尾修。故に通算与死球は歴代トップの165。外国人選手と球史に残る大乱闘も繰り広げた、彼の投法は何と呼ばれた?

1.ファイト投法
2.ケンカ投法
3.プロレス投法
4.ボクシング投法

【答え】2.ケンカ投法
【解説】20年間の現役生活で通算251勝247敗、防御率3.50。1970年代から80年代の西武を支えたエース・東尾は、厳しい内角攻めをいとわず、与死球にも動じないことから「ケンカ投法」と呼ばれていた。そんな東尾の強気の投球が引き金となって、86年6月13日の近鉄戦、球史に残る大乱闘が勃発。6回表1死、東尾が投じたシュートがリチャード・デービスの右ひじに当たると、デービスが激高。猛然とマウンドの東尾のもとに突進して殴打した。デービスは退場処分となったが、東尾はなんと続投。そのまま完投勝利を挙げた。

【問10】前身の西鉄、太平洋、クラウン時代を含め、西武で沢村賞を受賞した投手は4人。西口文也、松坂大輔、涌井秀章とあと1人は?

1.郭泰源
2.松沼博久
3.渡辺久信
4.石井丈裕

【答え】4.石井丈裕
【解説】石井は1992年、西武初となる沢村賞を受賞した。この年の石井の成績は15勝3敗3セーブ、防御率1.94だった。ちなみに西口は97年、松坂は2001年、涌井は09年に沢村賞を受賞している。

【問11】パ・リーグ最多となる23回のリーグ優勝、13回の日本一を誇る西武。球団で最も多くのリーグ優勝を経験した監督は森祇晶の8回(日本一6回)。では、次に多い監督は?

1.三原脩
2.広岡達朗
3.東尾修
4.辻発彦

【答え】1.三原脩
【解説】西武の監督別優勝、日本一回数は以下の通り。

1位:森祇晶(優勝8回、日本一6回)
2位:三原脩(優勝4回、日本一3回)
3位:広岡達朗(優勝3回、日本一2回)
4位:東尾修、辻発彦(優勝2回、日本一0回)
6位:伊東勤、渡辺久信(優勝1回、日本一1回)
  :中西太、伊原春樹(優勝1回、日本一0回)

【問12】2021年シーズン、最下位に沈んだ西武。これは何年ぶりのこと?

1.「60年ぶり」
2.「53年ぶり」
3.「42年ぶり」
4.「35年ぶり」

【答え】3.「42年ぶり」
【解説】西武が最下位に沈んだのは、根本陸夫が監督を務めた1979年以来、42年ぶりのことだった。

【問13】西武入団後、捕手登録されるも出場機会はゼロ。G.G.佐藤が入団早々、捕手としてやっていくことを諦めた理由は?

1.豊田清のフォークが捕れなかった
2.松坂大輔のスライダーが捕れなかった
3.涌井秀章のスライダーが捕れなかった
4.帆足和幸のパームが捕れなかった

【答え】2.松坂大輔のスライダーが捕れなかった
【解説】2021年、デーブ大久保のYouTubeチャンネルに出演したG.G.佐藤は「松坂大輔のスライダーが捕れなくて、捕手はキャンプでクビになった」「全盛期の松坂はすごかった」と、入団早々に捕手としてやっていくことを諦めた理由を語っている。番組ではその後、内野を転々として外野に落ち着いた理由についても語っている。

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【問14】1993年、ドラフト3位で西武に入団。97年に62盗塁をマークして初の盗塁王に輝き、2002年にはスイッチヒッターとして初のトリプルスリーを達成した日本を代表する遊撃手といえば?

【答え】松井稼頭央
【解説】今季から西武のヘッドコーチを務める松井は西武入団3年目の1996年に遊撃のレギュラーをつかむと、2003年まで全試合出場(1143試合連続)を達成。97年から3年連続で盗塁王に輝くと、02年にはトリプルスリーを達成した。04年にはメッツにFA移籍。その後、ロッキーズ、アストロズ、楽天、西武を経て、18年に引退した。松井の日米通算2705安打は、イチローに次ぐ大記録だ。

【問15】2021年シーズン、62試合に登板し、3勝4敗20セーブ21ホールド、防御率0.90をマーク。39試合連続無失点のプロ野球新記録を樹立した平良海馬には、2つのニックネームがある。「海魔神」と、もうひとつは?

1.男梅
2.石垣王子
3.ゼロ魔神
4.おかわり4世

【答え】1.男梅
【解説】男梅は2軍打撃コーチの上本達之が命名。ノーベル製菓「男梅」のマスコットキャラクターに似ていることから。ちなみに、「海魔神(かいまじん)」は高橋朋己ライオンズアカデミーコーチが命名した。

【問16】12球団最多の19人がFA移籍した西武。国内の移籍先として最も多い球団は?

1.ソフトバンク(ダイエー含む)
2.楽天
3.巨人
4.オリックス

【答え】3.巨人
【解説】西武の選手のFA移籍先として、国内最多は巨人の6人(清原和博、豊田清、片岡治大、脇谷亮太、野上亮磨、炭谷銀仁朗)。ソフトバンクには4人(石毛宏典、工藤公康、細川亨、帆足和幸)、楽天には2人(岸孝之、浅村栄斗)がFA移籍。中日に和田一浩、オリックスに許銘傑、ロッテに涌井秀章がFA移籍している。MLBには4人がFA移籍した。

【問17】西武の選手で海外FA権を行使した選手は4人。松井稼頭央、中島宏之、秋山翔吾と、あと1人は?

1.松坂大輔
2.土肥義弘
3.牧田和久
4.森慎二

【答え】2.土肥義弘
【解説】土肥は2010年に海外FA権を行使。MLBの合同トライアウトを受けたが、契約には至らなかった。12年1月にオリオールズとマイナー契約を結ぶも、3月に解雇。同年6月にハワイのチームでプレーし、同年に現役を引退した。松坂、牧田、森はポスティングシステムを活用して、MLBに移籍した。

【問18】森友哉のちょっと意外な趣味・特技は?

1.独楽回し
2.野点(のだて)
3.百人一首
4.凧揚げ

【答え】4.凧揚げ
【解説】ベースボール・マガジン社が発行している選手名鑑『2021プロ野球全選手カラー写真名鑑&パーフェクトDATA BOOK』によると、森友哉の趣味・特技は凧揚げ。ちょっと意外!?

【問19】中村剛也が2011年シーズンに打った本塁打数「48」は、あるチーム全体の本塁打数よりも多かったことで話題となった。そのチームとは?

1.ロッテ
2.楽天
3.オリックス
4.日本ハム

【答え】1.ロッテ
【解説】2011年のロッテの総本塁打数は、中村個人の本塁打数よりも2少ない「46」だった。11年、12年は統一球導入による影響で、本塁打数が激減した。

【問20】前身・西鉄時代のレジェンドOBの功績を称え、2012年にはじめて西武に永久欠番が制定された。それは誰の背番号?

1.中西太「6」
2.川崎徳次「21」
3.稲尾和久「24」
4.三原脩「60」

【答え】3.稲尾和久「24」
【解説】2012年6月10日、稲尾が生誕75周年を迎えたことを機に、同年7月1日の日本ハム戦と7月4日のソフトバンク戦で西武の全選手、監督、コーチが背番号「24」の西鉄復刻ユニフォームを着用。試合終了後、永久欠番となった。

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(企画構成:株式会社スリーライト)
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