連載:高校サッカー選手権 名将の哲学

古沼貞雄氏と選ぶ帝京歴代ベストイレブン 司令塔はやはりあの元祖天才MF?

栗原正夫
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古沼貞雄氏と選ぶ帝京歴代ベストイレブン 【スポーツナビ】

 1974年の初優勝を皮切りに、03年に帝京の監督を退任するまで高校選手権を戦後最多タイの6度(74、77、79、83、84、91年度)制するなど、名将にふさわしい成績を残してきた古沼貞雄氏(82)。帝京を離れてからも07年には流通経済大学附属柏(千葉)のコーチとして高校選手権優勝に貢献したほか、08年からは矢板中央(栃木)のアドバイザーとしてユース年代の指導に関わり続けている。

 100回大会も過去5大会で3度のベスト4を経験している矢板中央を後方からサポートする予定だという。そんな古沼氏と一緒に帝京の歴代ベストイレブンを選出した。

早稲田、前田、森山、松波とタレントが豊富なCF

77年度に2度目の優勝を果たした帝京。試合後に胴上げされたキャプテンの早稲田一男 【写真は共同】

「センターFWで印象に残っているのは、まず早稲田一男(元古河電工)ですね。74年度に初めて選手権を制したあと九州の宮崎から帝京にきた選手ですが、背は低いものの、がっちりとした体つきで1年生の時から面白いように点を取っていました。その早稲田らを3年間鍛えたことが2度目の選手権制覇につながるわけですが、1度選手権を勝ったことでそのあとに続く選手が帝京に入学してくる。そういう意味で、全国で頂点に立つことの意味はやはり大きいですね。

 ただ、早稲田の時代はまだプロがありませんでした。全盛期を考えれば83年度の優勝時のFW前田治(元横浜Fなど、元日本代表)の方が上かもしれません。前田は東海大で得点王(2部を含めると4年連続)になって、日本代表でW杯予選(90年イタリア大会)にも出ましたから。森山泰行(元名古屋など、元日本代表)も高校時代はケガが多かったですが、得点感覚には非凡なものがありました。その森山と同じ岐阜から帝京に来たのが、松波正信(元ガンバ大阪)でした。プロで長く活躍したことなどを考えるとFWの中央は松波に一日の長があるでしょう」

 CFにタレントが揃(そろ)う帝京だが、古沼氏が選んだのは21年にガンバ大阪で監督を務めた松波。2年時の91年度には、7ゴールを挙げて6度目の優勝に貢献し、とくに小倉隆史擁する四日市中央工業(三重)との決勝でマークした2ゴールを覚えているサッカーファンも多いはずだ(試合は2-2で、帝京と四中工の両校優勝)。

「サイドは左に高橋貞洋(元フジタ工業、元日本代表)、右は田中達也(元浦和レッズなど、元日本代表)でしょうね。高橋は、早稲田とともに2度目の優勝に貢献した選手ですが、高校3年時には日本代表に招集されていました。ちょうど高橋が3年になった春に帝京は西ドイツに遠征したのですが、その直後に日本代表が西ドイツへ遠征する予定だったので、高橋を現地に残して帰ってきたことをよく覚えています。今では海外遠征も珍しくないですが、当時はまだ1ドル300円以上した時代。高校サッカー選手権の放送をしていた日本テレビのプロデューサーから『帝京は国内で無敵なんだから、海外に行ってはどうか』と提案され実現したのですが、体の大きさはもちろん、綺麗に芝が手入れされたグラウンドなどすべてが衝撃でした」
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著者プロフィール

1974年生まれ。大学卒業後、映像、ITメディアでスポーツにかかわり、フリーランスに。サッカーほか、国内外問わずスポーツ関連のインタビューやレポート記事を週刊誌、スポーツ誌、WEBなどに寄稿。サッカーW杯は98年から、欧州選手権は2000年から、夏季五輪は04年から、すべて現地観戦、取材。これまでに約60カ国を取材で訪問している

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