400mリレー「痛恨バトンミス」はなぜ? 朝原宣治が短距離界の変革を提言

久下真以子

第1走者の多田(右)から第2走者の山縣に渡すはずのバトン。パスがつながらずに日本の戦いは不完全燃焼に終わった 【写真は共同】

 東京五輪の陸上男子400メートルリレー決勝が6日に行われ、日本は多田修平(住友電工)、山縣亮太(セイコー)、桐生祥秀(日本生命)、小池祐貴(住友電工)で臨むも、第1走者から第2走者へのバトンがつながらず途中棄権。金メダル獲得を期待されながらも、400メートルを完走することなく無念のラストを迎えた。レースは男子100メートルに続き、イタリア勢が戴冠。世界の陸上シーンに新たな風を吹かせた。

 この上ないスタートダッシュを見せた第1走者の多田だったが、思いを込めたバトンは第2走者の山縣には届かなかった。“リレー侍”と呼ばれ、バトンパスのスムーズさと精度に定評のあった日本。しかし、満を持して臨んだ東京五輪決勝という大舞台で「攻めのバトンパス」が渡らなかった。

 強みと言えるバトンパスで日本はなぜミスを犯してしまったのか。日本短距離界のパイオニアで、北京五輪男子400メートルリレーの銀メダリスト・朝原宣治さんに話を聞いた。また、100メートル、200メートルに続く無念の結果となった日本短距離界に対して、変革への提言をしてもらった。
 

「攻めのバトンパス」における日本の狙いとは

第3走者の桐生(左から3人目)や第4走者の小池(左端)は、走ることなく大会を終えるという無念の結果に 【写真は共同】

 男子400メートルリレーの決勝では、日本はまさかの途中棄権という結果に終わりましたね。レース後のインタビューでの選手たちの涙を見て、思わず私ももらい泣きしてしまいました。スピードを落とさずにギリギリの状態でのバトンパスを目指した「攻めた結果」ではありますが、そうせざるを得ないくらいにメンバーは追い込まれていました。

 その要因はいろいろとあります。まず決勝進出が期待された個人種目の100メートルでは誰も予選すら通過できませんでしたよね。コロナ禍でトップ選手との本気のレース経験が少ない中、本番でいきなり「世界のスプリンターのレベルの高さ」を目の当たりにしました。リレーに向けて気持ちを切り替えたつもりでも、不安をぬぐい切れない面があったのではないでしょうか。あとは予選8位通過という結果です。「このままではメダルには届かない」という焦りが、バトンパスでギリギリを攻めるという選択につながったのでしょう。

「攻めのバトンパス」とは、テイクオーバーゾーン範囲内のギリギリでバトンを渡すことで、次の走者がトップスピードに乗った状態で受け取ることができる作戦です。ただ、多田選手はスタートが速いものの、終盤でスピードが落ちやすい選手です。それに、山縣選手は決勝での集中力が高く、想定していたよりも走り出しのパフォーマンスが良かったように見受けられました。

 結果として「受け渡しの際の2人のスピードがかみ合わなかったこと」が、バトンミスにつながった要因でしょうね。山縣選手は、予選から決勝に向けて尻上がりに調子を上げていくタイプの選手なんですよ。予選の走りだったら多田選手が追いつけないということもなかったと思いますし、決勝の仕上がりが良かったことが皮肉にも途中棄権という結果につながった面はありますね。
 

ベストパフォーマンスだった多田のスタート

第1走者を任された多田は、決勝では今大会で一番のスタートダッシュを決めたが、後続にバトンはつながらなかった 【写真は共同】

 リレーでメダルを獲得するカギとして、私は「第1走者の出来」を挙げていました。というのも、第2走者以降はスピードが加速している状態から始まるので、「第1走者のスタートダッシュで勢いをつけられるかが勝負を左右する」と考えていたからです。

 実際に多田選手のスタートは、めちゃくちゃ良かったですね。100メートル予選のときは力みがあったり、足の接地のタイミングが思うようにいかなかったりするなど本来の走りではありませんでした。でも今回はしっかり力とタイミングがかみ合っていて、うまく加速ができていましたね。また、9レーンだったことでほぼ直線で走れたのも、トップスピードが出せた要因じゃないかと思います。

 今回驚いたのは、イタリアの躍進です。9秒80でラモントマルチェル・ヤコブスが勝利した100メートルに続き、リレーでも金メダルを取るとは正直、想像もしていませんでした。桐生選手がインタビューで「世界に離されている」と話していましたけど、世界各国が私たちの想像以上にメダルに貪欲に取り組んでいることを痛感させられましたね。

 9秒台の選手が4人もいる日本の選手たちが、果たして世界の舞台でも9秒台で走ることができるのか。本当に自分の実力を発揮できるのか。厳しいことを言うようですが、スポーツの世界なので結果がすべてなんですよ。選手たち自身、そんなことは承知だと思いますし、痛感している部分だとは思いますが。

「自分の現在地を知ること」と「次世代の育成」が課題

レース終了後、肩を落として引きあげるリレーの選手たち。悔しさから涙があふれた 【写真は共同】

 これまで日本は2008年北京五輪で銀メダル、16年リオデジャネイロ五輪で銀メダル、17年、19年の世界選手権でも2度の銅メダルを獲得しました。近年トントン拍子に日本が強くなったので、自国開催の五輪でまさかこういう結果に終わるとは思いませんでしたね。

 本人たちは天国から地獄に突き落とされたくらいのショックを受けていると思うんですよ。この大きな「落差」をもう一度パワーに変えるのは大変ではありますが、悔しさをバネに日本の選手たちにはさらに強くなってもらいたいですね。そのためには、2つ重要なことがあると考えています。

 1つめは、「自分たちの現在地を知ること」。つまりは実力です。自分が世界のどの位置にいて、十分戦えるという自信がないと本番ではなかなか力を出すことは難しいですよね。そうは言ってもコロナ禍で海外の試合に出る機会がなく、力試しをできる場所がなかったのは痛いところでした。

 例えば、サニブラウン・ハキーム(タンブルウィードTC)選手はアメリカのトップレベルのクラブに入って力を磨きました。そうやって世界との差を日々、認識することで埋め合わせできるかもしれませんし、そうしたトップレベルの経験が「自信」につながると考えています。

 2つめは、「次世代の育成」です。現在の代表選手が強いことは素晴らしいのですが、山縣選手や桐生選手らベテラン勢は年齢を重ねてきています。21年6月の日本選手権・男子100メートルで2着だったデーデー・ブルーノ(東海大)選手は21歳ですし、世界と戦える若手が着実に育ってほしいですね。

 今大会は本当に悔しい結果に終わりましたが、東京五輪という大きなゴールを目指してきた日本選手たちの過程は本当に素晴らしいですし、日本中のみんながメダルを期待するような躍進を遂げてきた彼らには称賛を送りたいです。私自身、自分事として応援に力が入りながら見ていましたよ。

 ミスをしたことはショックですけど、それくらいメダルに対して強い思いを持っていたというのは見ている皆さんにも伝わったのではないでしょうか。日本陸上界を背負っていく次世代の選手たちが先輩たちの姿を胸に刻みながら、「次は俺たちがやってやる」という気概で日本中を沸かせてくれる日を楽しみにしています。
 

朝原宣治(あさはら・のぶはる)

【写真:本人提供】

初出場の1996年アトランタ五輪100メートルで準決勝に日本人としては28年ぶりに進出。北京五輪の4×100メートルリレーでは、悲願の銀メダル獲得。2010年に次世代育成を目的として陸上競技クラブ「NOBY T&F CLUB」を設立。地域貢献活動の一環でもあり、引退後も自身のキャリアを社会に生かそうとチャレンジを続けている。
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著者プロフィール

大阪府出身。フリーアナウンサー、スポーツライター。四国放送アナウンサー、NHK高知・札幌キャスターを経て、フリーへ。2011年に番組でパラスポーツを取材したことがきっかけで、パラの道を志すように。キャッチコピーは「日本一パラを語れるアナウンサー」。現在はパラスポーツのほか、野球やサッカーなどスポーツを中心に活動中。

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