レスリング・文田健一郎が銀に泣いた理由 投げ封じるグレコの基本を永田克彦が解説
優勝を期待されつつも銀メダルに終わり、悔し涙に明け暮れる文田 【写真は共同】
金メダル獲得を公言していた文田は、試合後に大粒の涙を流して悔しさを露わにした。華麗な反り投げが得意で、2回戦終了後には「グレコの魅力である投げをどんどん出していきたい」と“自身のスタイルで勝つこと”にこだわりを見せたものの、決勝ではその得意技が沈黙。オルタサンチェスに手首をつかまれて動きを封じられるなど、試合を通して主導権を握られた。
2019年世界選手権の王者であり、優勝候補筆頭だった文田はなぜ決勝で敗れたのか。今大会の文田の戦いぶりや勝負の分かれ目を、シドニー五輪・レスリング男子グレコローマンスタイル69キロ銀メダリストで、格闘スポーツジム「レッスルウィン」を主宰する永田克彦さんに聞いた。
得意の投げに持ち込めず、終始劣勢だった決勝
文田の手首をがっしりとつかみ、得意の投げ技を封じ込めたオルタサンチェス 【写真は共同】
文田選手は全対戦相手から投げ技を警戒される中で、しっかりと決勝まで勝ち上がりました。プレッシャーを跳ね除けて金メダルマッチまで進んだ事実は、非常に素晴らしいことだと思います。ただ、決勝の相手のオルタサンチェス選手は実力者でしたね。予選から準決勝まで前に出るプレッシャーやグラウンドレスリングが強く、手足も長いし、怖いもの知らずの勢いもありました。
文田選手は戦い方を研究されている中で、決勝では自分の持てる力を出し切れずに終わりましたね。本人は悔しい気持ちでいっぱいでしょうが、本当によく頑張りました。
――決勝の対戦相手だったオルタサンチェス選手は、2回戦ではセルゲイ・エメリン選手(ロシアオリンピック委員会)を封じ込めて勝利しました。文田選手に対しても同様の戦いで挑んできましたが、永田さんはどのように分析されますか?
手首をつかんで相手に技を掛けさせないことは、勝利するうえでは当然のことです。ポイントを多く取ったほうが勝ちなので、そのための手段の1つだと言えます。キューバの選手は伝統的に前へ出てパッシブを狙います。差し押しが強く相手を下がらせてパッシブを狙い、グラウンドで持ち上げるパターンが得意ですね。ヨーロッパ勢のようなきれいな技はあまり繰り出しませんが、身体能力や瞬発力に秀でるキューバの選手のスタイルです。文田選手に勝利するためには、前に出るプレッシャーで上回ることが求められていました。
技をかけるためには、しっかりと差し押しでプレッシャーをかけないと相手の反発を利用できません。フリースタイルのように脚にタックルできるわけではないので、差し押しのプレッシャーが弱いといくら技をかけようとしても、反対に相手の圧力で潰されてしまいます。決勝の文田選手はまさにそうでした。これまでの対戦相手はそれでも技をかけてポイントにできましたが、オルタサンチェス選手はその点の基本に忠実な非常に強い選手でしたね。文田選手の思うような展開に持っていくことができませんでした。
――手首をつかむことは、グレコローマンスタイルの戦術ですか?
はい。相手に技を出させないための「差し押しの技術と圧力」は、グレコの基本戦術と言えます。柔道で言う組み手争いと一緒ですね。お互いが100%出し合うのではなくて、相手の力を封じて自分の戦い方に徹することが格闘技の基本。その中でオルタサンチェス選手が戦術面で、文田選手を上回っていました。
文田選手とすれば、自分の形に持ち込めなかったことが一番悔しいところでしょう。お互いに1回ずつのパーテールポジションを獲得しましたが、文田選手はオルタサンチェス選手に返され、反対にオルタサンチェス選手を返すことができませんでした。文田選手は場外へ2回押し出されるなど、相手の圧力に屈した面がありました。本人にとって一番悔しいところだと思います。
――文田選手には第1シードに入ったことによるプレッシャーはあったのでしょうか?
シードなどは関係なく、男子のレスリングは本当にレベルが高いんです。第1シードからきちんと勝ち上がったことは、文田選手の実力を証明しています。レスリングの世界では、第1シード、第2シードが順当に勝ち上がるとは限りません。それだけ世界のレベルが高いですし、ものすごい選手がどんどん出てきます。
文田選手はそうした群雄割拠のレスリング界において世界選手権を2回制覇し、東京五輪では決勝まで勝ち上がりました。文田選手が銀メダルに輝いたことで、日本男子は1952年から17大会連続でのメダル獲得(不参加の80年モスクワ大会を除き)を達成しました。本当にすごい記録です。日本レスリング界の偉業に貢献したことに胸を張ってもらったうえで、3年後のパリ大会でリベンジを果たしてもらいたいですね。