競い合うことで高まる防災意識 ソナエル東海杯(岐阜・磐田・名古屋)

宇都宮徹壱

出向してすぐにソナエル東海の担当になって…岐阜の場合

ホームゲームで防災のブースを出しての啓発活動などを行っている岐阜だが、担当者によれば「まだまだこれから」 【写真提供:FC岐阜】

 今年の6月10日から30日にかけて、ヤフー株式会社とソナエル東海が共同で開催された「ヤフー防災模試ソナエル東海杯」。防災意識が高いとされる、静岡県の3クラブが下位に沈む中、3位となったのが「ヤフー防災模試(台風・豪雨編)」の受験者数380名(全体の15%)を獲得したFC岐阜である。社会連携グループサブリーダーの安江正宏さんは「ちょっと出来すぎという感じですね」と驚きを隠せない様子だ

「正直、清水さんに勝てたのには、驚いています。ウチはJ1クラブと比べると、SNSのフォロワー数がどうしても少ないんですよ。ですから、クラブの全スタッフやスクール生も含めて受験をお願いして、最後はJリーグIDの中からウチを登録していただいている方にもメールを送りました。結果として、想像以上に票が伸びることになりましたね」
 岐阜と言えば、1891年に発生した濃尾地震から今年で130年となる。マグニチュード8.0と推定され、内陸域での直下型地震では観測史上最大級。死者の数は7000人以上に及んだ。

「最近は南海トラフ地震のことが盛んに言われていますが、岐阜に関してはここ半世紀ほど大きな地震はありません。その代わり、台風や大雨による水害がかなり多くなっています。ソナエル東海の名前をお借りして、ホームゲームで防災のブースを出しての啓発活動などはやっていますが、まだまだこれからという感じですね」

 そんな安江さん、実は今年の4月に岐阜県庁から出向してきたばかり。地方のJクラブではよくある話だが、安江さんの前職は家畜の防疫というから、異例の抜てきであった。そもそも役所とJクラブとでは、仕事のやり方も違えば風土も違う。最初のうちは大いに面食らうことも多々あったという。

「こちらに出向して、すぐにソナエル東海の担当になったんです。防災というと行政の場合、どうしてもとっつきにくいところがあります。でもJクラブがこれをやると、かなり食いつきが違うんですよね。もうひとつ、行政との違いで感じたのがスピード。お役所だと、缶ジュース1本買うのにも稟議が必要なくらいです(笑)。それがFC岐阜では、決まったことが10分後には実現されているんですよ。JリーグIDの件も、決まって即実行。それでもし失敗しても、謝ってすぐに次の対策を考える。そういう文化なんですね」

 今回の3位という結果を受けて「これをどう生かしていくかが次の課題。これからも皆さんに愛されるクラブを目指していきたいですね」と語る安江さん。率直に言えば、岐阜のソナエル東海での取り組みから、特筆すべきものは見いだせなかった。むしろ県庁から出向してきた畑違いのスタッフに自信を与え、なおかつJクラブの存在意義を再認識させたという副産物について、ぜひとも知ってもらいたいところである。

「サッカーだけでない」名門クラブの現在地…磐田の場合

磐田市の草地博昭市長。防災に前向きで自ら模試を受験。クラブと地元行政との普段からの連携がうかがえる 【写真提供:磐田市】

 2位は静岡県を代表して、ジュビロ磐田。全体の19%に当たる470人の受験者数を獲得した。だが、ホームタウン部部長の加藤真史さんは「正直申し上げて残念。絶対に1位になりたいと思っていたので」と、悔しさを隠そうとしない。ずっと1位をキープしていたのに、最後の最後で名古屋にまくられたのだから当然だろう。その上で、こう続ける。

「最後のツメが甘かったのは反省材料ですが、今回のソナエル東海ではクラブ内だけでなく、行政の皆さんからもご協力していただいたことには感謝しかありません。特に草地(博昭)市長は、公約の中に『防災』が入っていたとはいえ、非常に前向きでしたね」

 加藤さんが語るように、6クラブ対抗のソナエルバトル「防災隊長」対決では、他クラブが選手やスタッフを出場させる中、磐田は草地市長自らが登場。結果は3位だったものの「前回より成績が上がり、新しい知識をたくさん身につけることができました」という前向きなコメントを残している。そんな市長を持つ磐田市には、防災面でどんな地域課題があるのだろうか。

「磐田市は縦に長い地形で、海もあれば山もあるし、天竜川という広い川もあります。これだけ起伏がある土地ですので、地域によっての対策が違いますし、特に大雨による水害対策が非常に重要と捉えています。そこでまず、市に対して防災の課題を率直に聞きましたところ『県が作ったハザードマップしかない』ということでした。そこで、磐田市独自のハザードマップを作りましょう、という話になったんですね」

 そんな加藤さん、実はヤマハ発動機サッカー部プロ準備室時代からの生え抜きでもある。ずっと「勝った、負けた」の世界に生きてきて、ホームタウン部の部長となった当初はシャレン!の意味するところが「よく理解できなかった」そうだ。それが最近では「こうすればシャレン!になるのではないか」と考えられるようになったという。そして、こう続ける。

「これまでのイメージだと、皆さん『ジュビロ磐田=サッカー』だったと思うんです。でも最近は『ジュビロって、そんなこともやっているんだ!』と言われるのが、むしろうれしいですね。今の世の中、SDGsとかサステイナブルといったものが、どんどん表に出てきているじゃないですか。ウチは株式会社ですが、クラブが公共財として認識されるようになったのは、実に誇らしいことだと思っています」

「フットボールオリエンテッド」だった時代を知る、クラブの生え抜きがシャレン!に目覚め、ソナエル東海で1位を逃したことを悔しがる。これはこれで、磐田というクラブの多面性を感じさせる、魅力的なエピソードではないだろうか。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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