競い合うことで高まる防災意識 ソナエル東海杯(岐阜・磐田・名古屋)

宇都宮徹壱

社長が率先して防災活動に参加…名古屋の場合

名古屋の小西工己社長。「それぞれの家族や来場するお客様の安全にもつながる」として社員全員の受験を推奨した 【写真提供:名古屋グランパス】

「普段から勝利を目指している組織ですから、やはり優勝できたのは大変うれしく思います。それ以上に重要なことは、東海の6クラブが連携した企画で2500人以上の方々に受験していただいたことだと考えています」

 最後に登場するのは、見事1位に輝いた名古屋グランパスの広報コミュニケーション部ホームタウングループ、西村惇志さん。勝利者としてのプライドをにじませつつ、共に戦ったライバルへの配慮も忘れない、実に心憎いコメントである。それにしても名古屋は、受験が締め切られる直前まで、ずっと5位に沈んでいた。それが土壇場で4クラブをごぼう抜きしての優勝。奇跡の逆転劇の背景には、何があったのだろうか?

「実は実施期間中はホームゲームがなく、リアルでアピールできる場が限られていたんですね。クラブスペシャルフェローの楢崎正剛さんに事前受験をしていただき、小西(工己)社長や山口素弘GM、愛知県出身の成瀬竣平選手にも受験してもらって、サポーターへのアピールを狙いました。そして最後に、ファン・サポーターに向けたメルマガを活用したところ、ラスト3日間でシャレン!史上に残る追い上げを実現させることに成功しました」

 土壇場での追い上げとは別に、名古屋には注目すべき点が2つあった。まずは「防災マスコット」対決で、グランパスくんが96点というハイスコアをたたき出していること。西村さんに理由を尋ねると「グランパスくんはJクラブのマスコットの中で、最も防災の知識が豊富であると言っても過言ではありません(笑)」との答えが返ってきた。

「実はグランパスくんは、2年前に『名古屋市消防団サポーター』に就任しているんです。団員の募集とか、防災の取り組みのイベントとか、名古屋市の消防活動に貢献してきました。ちなみに名古屋城の鯱も、防火の効果があるとされていて、それで(天守閣に)設置されているんですよ」

 もうひとつ注目したいのが、小西社長がソナエル東海に積極的だったこと。「防災社長」対決では6位に終わったが、初見で70点はかなりの高得点。しかも、唯一ユニホームを身にまとって、かなり気合いが入っていた様子だ。のみならず、小西社長は全社員に対しても受験を促していたという。

「いずれ大きな災害は必ず起きますが、防災意識を永続させていくことは大変難しいことだとも思います。そんな中、社長の小西が『まず社員全員で受験しよう』と言ったのも大きかったですね。社員が防災知識を得ることで、それぞれの家族にも生かされるし、スタジアムに来ていただけるお客様の安全や安心にもつながります。社員一人ひとりが『自分ごと』にしていくことが重要だと、あらためて思いました」

「勝ち負け」にこだわってきたJクラブだからこその順位付け

マスコット界で「最も防災意識が高い」とされるグランパスくん。2年前に「名古屋市消防団サポーター」に就任 【写真提供:名古屋グランパス】

 以上、ソナエル東海杯に参加した6クラブを紹介した。裏話をすれば、今回の取材は順位が確定した7月1日、6人の担当者にまとめてインタビューを実施している。オンラインとはいえ「これはしんどい取材になるな」と覚悟を決めたが、終わってみれば各クラブの方向性や濃淡の違いが理解できて、取材者である自分が最も得をしたような気分になった(熱海市での土石流災害が起こったのは、そのわずか2日後のことである)。

 最後に、今回の取材を通して2つの疑問が氷解したことについても、言及しておきたい。疑問その1は「Jクラブが防災に関わることの是非」である。これに明快に答えてくれたのが、名古屋の西村さんだった。

「防災って、とっつきにくいものだと思うんですよ。頭では重要だと理解していても、実際に起こってみるまでは自分ごととして考えづらい。Jクラブに防災の専門性はありませんが、考えるきっかけというか、楽しく学ぶ入り口にはなると思います」

 疑問その2は「各クラブの防災活動を受験者数で順位付けすることの意味」。こうした活動に最も積極的だった沼津が、発信力やマンパワーの不足もあって最下位に終わったことには、いささか納得できない思いもあった。とはいえ、6クラブによる競争があったからこそ、2500人以上の受験者数を集められたのも事実。そもそも「勝ち負け」にこだわってきたJクラブだからこそ、このやり方が最適解だったのかもしれない。

 余談ながら沼津の活動について、清水の小池さんは「クラブ全体で取り組んでいる姿勢が感じられたし、防災スペシャリストを育てているところも素晴らしいと思います」と評価している。ライバル同士で競い合いながらも、一方で相手の良さを認め合う文化。それは普段のピッチ上での戦いと、何ら変わるところはなかった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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