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三浦大輔監督が「横浜一心」に込めた思い
指揮官の胸に残る、高校時代の教え

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選手、コーチと真摯に向き合い、お互いに積み上げていく意識を持てば、きっとその絆は強くなる。三浦大輔監督(写真右)はそう信じている
選手、コーチと真摯に向き合い、お互いに積み上げていく意識を持てば、きっとその絆は強くなる。三浦大輔監督(写真右)はそう信じている【写真は共同】

 ハマの番長はアメリカにいた。


 25年の現役生活にピリオドを打った三浦大輔はベイスターズの「スペシャルアドバイザー」に就任して、幼稚園・保育園児向けの「Tボール」をアレンジした「BTボール」の開発に携わるなど、チームから離れた活動に取り組んでいた。その一環として球団にリクエストしていたアメリカ視察が実現したのだ。


「すぐにコーチの話もいただきました。でも18歳で横浜に出てきて、25年間ずっとユニフォームを着続けましたから、ちょっとゆっくりしたい、と。横浜一筋って言うと、凄く響きはいいんですけど、外の野球をまったく知らない。それで球団が新しい肩書きを用意してくれました。そのときにメジャー、マイナーをこの機会に自分の目で見ておきたいとお願いしておいたんです」


 2017年6月、チームメイトだったスティーブン・ランドルフの紹介でアリゾナ・ダイヤモンドバックスの投手コーチに接触するところから視察は始まった。次に、フェニックスにあるシカゴ・カブスのキャンプ施設を訪れ、ルーキーリーグを観戦。そしてアイオワに飛んで、今度は AAA (トリプルエー)。強行スケジュールでアメリカとベースボールを堪能した。そして今度はカブスの本拠地リグレー・フィールドに向かう。MLBではフェンウェイ・パークに次いで2番目に古い1914年開場のスタジアムを目にすると感動を覚えた。

 スタジアムの周りにはにぎわいがあった。老若男女問わず集まってきては、ビールを手にベースボールの話をしている人、キャッチボールをする子供たち、街はベースボールであふれていた。


 カブスの厚意でスタジアム内も案内してもらった。ロッカー、ダグアウト、通路にはチャンピオンパネルなどチームの歴史を感じることができた。グラウンドに出たとき、思わず「うわっ」と声が出た。


「小さいころ、父親に甲子園球場に連れていってもらったときに、コンコースから階段を上がってスタンドに出たときの記憶が頭に残っていて、それを思い出しました。目の前にきれいな緑が広がって、ナイターの照明に照らされて。選手になってもそれは変わらないと言いますか、非日常空間だからこそ楽しめる。誇りを持って戦える。そうだよなって思いましたね」

二宮寿朗

1972年、愛媛県生まれ。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社し、格闘技 、ラグビー、ボクシング、サッカーなどを担当。退社後、文藝春秋「Number」の編集者を経て独立。 様々な現場取材で培った観察眼と対象に迫る確かな筆致には定評がある。著書に「 松田直樹を忘れない」(三栄書房)、「中村俊輔 サッカー覚書」(文藝春秋、共著)「 鉄人の思考法〜1980年生まれ、戦い続けるアスリート」(集英社)など。課金制スポーツサイト「SPOAL(スポール)」初代編集長。

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