新星・鍵山優真を後押しした羽生の言葉「気持ちに嘘つこうとしていたので…」

沢田聡子

チェンの直後というプレッシャーのかかる場面で、鍵山は堂々の演技を見せた 【Getty Images】

 3連覇を果たしたネイサン・チェンの圧倒的な強さと、日本男子のレベルの高さを感じる世界選手権だった。

 男子シングルは、ネイサン・チェンが優勝、初出場の鍵山優真が2位、ソチ五輪・平昌五輪を連覇した羽生結弦が3位、平昌五輪銀メダリストの宇野昌磨が4位という結果になった。チェンは合計320.88点、鍵山は合計291.77点で、30点近い差がついている。

 チェンはショートの冒頭で跳んだ4回転ルッツで転倒、スピンでもレベルを取りこぼし、3位発進となった。ここ数年圧倒的な強さを見せてきた彼らしくないスタートだったが、フリーで真価を発揮する。

 フィリップ・グラス作曲の現代音楽が静かに流れ、チェンのフリーは非の打ち所がない4回転ルッツで始まった。ショートの記憶を払拭(ふっしょく)するような完璧な跳躍は、3.94という高い加点を得る。当日の公式練習で唯一転倒した最後のジャンプ・トリプルアクセルを決めると、いつもはクールなチェンが、高まっていく音楽の中で感情を爆発させるような激しいコレオステップをみせる。4種類5本の4回転を含むすべての要素に加点がついたチェンのフリーは、完璧な4分間だった。

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鍵山、懸念を一蹴する最初の跳躍

メダル確定と知り、キスアンドクライで無邪気に喜びを爆発させる鍵山(左) 【写真:タス=共同】

 無観客のアリーナだが、観客席の選手たちが立ち上がってチェンに拍手を送る中、次に滑走する鍵山がリンクに入ろうとしていた。222.03というチェンのハイスコアが出る中で演技を開始した鍵山は、競技人生の分かれ目となる瞬間を迎えていたのかもしれない。シニアデビューシーズンとは思えない老成した滑りと度胸で世界最高峰の舞台にデビュー、ショートでは羽生とチェンに割って入る2位につけた鍵山だが、この圧倒的なチェンのフリーの直後に平常心を保つことができるのか。

 映画『アバター』の曲に乗って演技を開始した鍵山の最初のジャンプ・4回転サルコウは、観る者の懸念を一蹴する鋭い跳躍だった。冒頭に続けて入っている2本の4回転は、加点がつく出来栄えできれいに決める。後半に入り、跳ぶ選手が少ない難しいコンビネーションジャンプ・3回転ルッツー3回転ループとトリプルアクセルで着氷が乱れるものの、世界トップレベルのスケーターとして名乗りを上げる見事なフリーだった。演技を終えた鍵山はあどけない17歳の表情に戻ったが、末恐ろしいスケーターとして世界に強烈な印象を残しただろう。190.81という点数が出てメダル獲得を確実にした鍵山は、キスアンドクライで無邪気に喜びを爆発させる。

「そもそも、この世界選手権に出ているだけですごく緊張する。さらに最終グループで練習したり試合したりするってなると、『自分がここにいていいんだろうか』と最初は思ったんですけど……でも、ここに来たからにはしっかりと日本代表としてやらなくちゃいけないと思ったので、集中することができたと思います」

「表彰台を狙って練習してきたので、その努力がここで実ったかなという感じで。完全に発揮はできなかったのですが、でも自分が出せる実力は全部出し切ったかなって思います」

昨冬の全日本選手権後の会見でのひと幕。このとき羽生(右)がかけた言葉が、鍵山(左から2人目)の躍進を生んだ 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 鍵山は、全日本選手権後の代表発表記者会見で羽生にかけられた言葉に背中を押されたことを、世界選手権の一夜明け会見で明らかにしている。シニア初の海外試合が世界選手権という状況に「今すごく怖いっていうか、不安な気持ちがたくさんあって」と珍しく弱気をみせた鍵山に、羽生は発破をかけている。

「自分の気持ちに嘘つこうとしていたので『そういうことはいらないよ』って。僕は彼の強さは、その負けん気の強さだったり、向上心だったり、勢いだと思っているので。もちろんそれだけでは勝てないかもしれないけど、そこが今の一番の武器。そこは大事に、大事に」(羽生)

 世界選手権銀メダリストとなった鍵山は、「あの言葉をかけられた以降から、自分のネガティブな気持ちっていうのが一切なくなって」と振り返っている。

「自分が本当に上を目指しているという気持ちをすごく大事だと思ったので、その気持ちを一番大切にして、この舞台を目指してきました」

 羽生の言葉で強気を貫くことができた鍵山は、偉大な先輩より一つ良い色のメダルを手にした。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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