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サラリーマンとサッカーマンの2つの顔
引退後、俳優業などを経た江原淳史の今

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かつて武南高校のエースストライカーとして活躍した江原淳史はいま、埼玉県内の不動産会社に勤務している
かつて武南高校のエースストライカーとして活躍した江原淳史はいま、埼玉県内の不動産会社に勤務している【栗原正夫】

「基本的には不動産の売買や賃貸物件の管理などの仕事ですね。不動産を売りたいという方がいれば査定して、交渉のお手伝いをしたり、契約まで担当することも。お客さんのなかにはたまに、『えっ! あの江原さん!?』って覚えていてくれる方もいます。そうやって声をかけてもらえると、サッカーをやっていて良かったなって思いますね」


 名刺には‟西川口の得点王”との紹介文が付いている。かつて武南高校のエースストライカーとして活躍した江原淳史は現在、埼玉県内の不動産会社に勤務し、武南高校のある蕨市のお隣、西川口エリアを中心に活動している。

 そして、江原にはもう1つの顔がある。07年に川口市で将来のJリーグ入りを目指すクラブとして本格的に活動を始めたアヴェントゥーラ川口の理事を務め、ジュニアユースの監督として選手の指導にもあたっている。


 アヴェントゥーラ川口は2020シーズン、埼玉県社会人サッカーリーグ1部の2位として関東社会人サッカー大会に臨み、決勝では南葛SC(東京都1位)に1-2と敗れたものの、2021年シーズンの関東サッカーリーグ2部への昇格を決めている。


 もともと、江原の同級生の長岡修が立ち上げたクラブで、江原もクラブ創設当初から関わっているそうだ。


「Jの付く舞台までは、すんなりいってもあと数年はかかります。トップチームはしばらく埼玉県リーグの1部と2部を行き来するなど苦しみましたが、スポンサー企業ゼロから始めて、いまでは60社ほどに支援していただいています。3年ほど前からチーム状況も良くなり、ようやく関東2部昇格を決めました。こんどは関東2部を突破して、関東1部に上がる体制を整えないといけません。難しさもありますが、クラブの成長を間近で見られるのは楽しいですよ」


 埼玉県でサッカーと言えばすでに浦和レッズや大宮アルディージャが先行しており、選手や支援者を集めることはもちろん、荒川を挟み東京に隣接する土地柄を考えても試合や練習に使用する場所を確保するも大変。Jリーグを目指す以上は、将来的に本拠とするスタジアムも必要になってくるなどクラブを運営するうえでの課題は少なくない。


「苦労は少なくありません。たとえばジュニア(主に小学生)とジュニアユース(主に中学生)を連携させるだけでも、周辺には既存のクラブがいくつもあって、ジュニアでいい選手を育てても、ジュニアユースになると他へ移ってしまうことも多いですから。


 ただ、ようやくいまは僕がジュニアから関わってきた選手たちと、ジュニアユースになっても一緒にできています。この世代の選手のレベルを引き上げる難しさは感じますが、指導したぶんだけ、跳ね返りが大きいのも事実。将来楽しみな選手も出てきましたし、やりがいはあります」

俳優時代には戦隊ヒーローのリーダーを務めたことも

江原淳史「従妹がテレビ制作会社に勤めていたことがキッカケだったのですが、サッカーをやめて時間もあったので、軽い気持ちでいくつかオーディションを受けたんです」
江原淳史「従妹がテレビ制作会社に勤めていたことがキッカケだったのですが、サッカーをやめて時間もあったので、軽い気持ちでいくつかオーディションを受けたんです」【写真:本人提供】

 高校時代に負傷した影響もあって、サッカー選手としてのキャリアは大学2年で終わることになった。その後は、持ち前のルックスを生かして俳優業に転身したことが話題になったこともあったが、実際にどんな活動をしていたのか。

栗原正夫

1974年生まれ。大学卒業後、映像、ITメディアでスポーツにかかわり、フリーランスに。サッカーほか、国内外問わずスポーツ関連のインタビューやレポート記事を週刊誌、スポーツ誌、WEBなどに寄稿。サッカーW杯は98年から、欧州選手権は2000年から、夏季五輪は04年から、すべて現地観戦、取材。これまでに約60カ国を取材で訪問している

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