酒井宏樹、苦難のシーズンの先に 故障や新環境適応の困難乗り越えCLへ

木村かや子

リーグ休止が決定し、手術に踏み切った酒井。今後は新シーズンに備えてコンディションを上げていく 【Photo by Getty Images】

 新型コロナウイルス感染者急増で、欧州の主要サッカー・リーグが休止してから約1カ月半が経った4月30日、リーグ・アンは、「プロサッカー・リーグ再開は不可能」とした仏首相の言葉に従う形で、今季打ち切りの決定を余儀なくされた。
 
 これに先立ちオランダも同じ決断を下していたとはいえ、5大リーグでは初となる、ウイルスによるシーズンの強制終了。同等の数の死者を出していたイタリア、スペインのクラブが徐々に練習を再開しつつある中、フランスも6月17日のリーグ再開を目指し、準備を始めようとしていた矢先のことだった。

 そして、消化された28試合(38節中)の成績で最終ランキングが割り出された結果、酒井宏樹の所属するマルセイユは、優勝者となったパリ・サンジェルマン(PSG)に次ぐ2位として、チャンピオンズリーグ出場権に手をかけることになったのである。

 やや不本意な形で終結したとはいえ、アンドレ・ビラスボアス新監督の下、ここ数カ月を不動の2位として過ごしていたマルセイユの今季の歩みは、どのようなものだったのか? 厳しい戦いの中でじりじりと勝ち点を積み上げ、2位の座を固めていったマルセイユと、困難に遭遇しながらもその道のりを全力で歩んだ酒井宏樹の今シーズンを、ここで振り返ってみたい。

リーグ休止で『待った』が掛かっていた手術を決行

 3月のリーグの休止は、故障を抱えていた選手にとっては、不幸中の幸いだったかもしれない。新型コロナウイルス感染拡大の懸念のため、仏プロ・リーグの休止が決まったのが3月13日、第29節の前日のことだ。この決断が予想されていなかった3月6 日の28節アンジェ戦後、酒井は、「今、足首はオペ待ちで、いつならできるかを監督とここ1カ月ずっと話している。チームの順位が確かになれば(=チームの最終2位が確定すれば)という感じだが、俺からしたらすぐにやりたい」と明かしていた。

 ちなみにリーグ・アンではカタール投資団体の財力のおかげで並外れた人員を誇るPSGが実力的にずば抜けている。そのため、優勝は当然PSG、CL出場権を得るため2・3位の座をその他大勢が奪い合う、という図式が出来上がっている。

 左足首を捻挫したのは、7節の対ディジョン戦(9月24日)でのことだ。代表戦で脛(すね)を打撲し、それをかばったせいで左ふくらはぎを痛めたため、2戦続けて欠場。この試合から復帰したのだが、酒井は左足首を捻挫した。しかし酒井は、トップレベルのサイドバックが左右合わせ計3人しかいないチーム事情を考慮し、ケガを抱えながらプレーを続行。この頑丈さや責任感が、彼がマルセイユで愛されている理由でもあるのだが、その後数カ月経っても、試合後には目に見えて左足首が腫れていた。

 2月22日の26節・対ナント戦の練習で内転筋の故障が突発。また2試合ほど戦線離脱した酒井は、「やはり足首も損傷していた」と言い添えている。新型コロナ感染拡大の懸念から翌29節の延期が決まり、3月16日にリーグ休止が長引くと分かると、17日の朝にはもう手術を受けていた。

 手術自体は関節鏡などを使う「比較的簡単なもの」で、「完治にかかる時間は、人により意見が違うのではっきり分からない」と、本人は言ったが、仏メディアの推測によれば、全治約2カ月。術後の状態は良好で、現在はジョギングを始めたところだという。

「(6月17日予定だった)再開に間に合わせるつもりで準備していた。でもリーグ終了となったので、ゆっくり焦らずコンディションを上げていくつもり」と酒井は言う。リーグ・アンを統括するフランスサッカーリーグ機構(LFP)は、どんなに遅くとも8月22・23日の週末、できればより早く新シーズンを開始したいと考えているため、練習開始は恐らく6月後半か7月初頭。それまでに、体はプレーの準備万端となっているはずだ。

「こんなに苦しんでいるのに順位はいい」

チームは2位でシーズンを終了したが、内容には満足せず「改善点が多い」と語った 【Photo by Getty Images】

 ここ2年よりケガが多かったことを別にしても、今季の酒井のシーズンは、前季までとは違う、やや奇妙な様相を呈していた。前季を5位で終えながらも欧州リーグ(EL)出場権を逃し、アンドレ・ビラスボアス新監督の下、再スタートを切ったマルセイユは、プレー内容という意味で絶好調だったわけではない。しかし、じりじりと勝ち点を重ね、リール、リヨンと強豪を2試合連続で破った11月に2位浮上。2位争いの直接的ライバルに対するこの2勝が、PSGに惨敗(第11節、0対4で敗戦)してへこんでいたマルセイユを、いい軌道に引き戻した。

 実際、11月2日のリール戦はマルセイユのここ数年の魅力だった『気迫の感じられるプレー』を今季初めて見せたキー・マッチだった。試合後に酒井は、「今季初めて、勝ってうれしい勝利だった」と心境を漏らしている。

「ここまでは、ただほっとする勝利だったが、今日は皆が気迫に満ちていた。今日くらいチーム皆でひとつになっていければ……。11月にやっと、というのは少し遅いけど、見る者の心を動かす試合ができた、というのは大きな前進の一歩だった」

 とはいえ、リール戦もリヨン戦も、またそれ以外の中堅や弱小のはずの相手に対する試合でも、マルセイユの勝利の大部分は、苦労の末にやっと勝ったという類いのもので、昨季まで時々見られていたような『壮観な快勝』とは呼べないものだった。その様子は、12月末に前半戦を振り返った酒井の言葉に凝縮されている。チームは2位で折り返したが、酒井は警戒心しか見せなかった。

「結果だけ見れば非常にいいが、すごく改善点が多い6カ月だった。後半戦もこのまま行けるだろうと思っている選手が多くいたら、一瞬で終わってしまう。そのくらい僕らはもろいし、完璧なチームではない。どれだけの危機感をもって新年に入っていけるか。今から気を引き締めて、毎試合毎試合、必死に戦わないといけない。簡単な試合はひとつもない」

 11月29日のホームでの対ブレスト戦で、後半43分に同点に追いつかれながら、1分後にネマニャ・ラドニッチのゴールで奇跡的に勝利をつかんだあと、酒井が漏らした「こんなに苦しんでいるのに、順位はいい」という言葉も、今季の状態をうまく要約している。EL決勝に至ったが、リーグ戦で4位に終わって結局CL出場権を逃した2017-18年シーズンと比べ、匹敵するような勢いがあるわけではないのだが、なぜか順位はその年よりいい。その理由は、おそらく複数あった。

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。マルセイユの試合にはもれなく足を運び取材している。

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