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怯まず前へ
2011年の早大・渡辺監督に見た「覚悟」
指導者の本気が勝敗を分ける

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第2回

2011年の箱根駅伝、早稲田大・渡辺監督(写真左端)の「覚悟」を感じたという
2011年の箱根駅伝、早稲田大・渡辺監督(写真左端)の「覚悟」を感じたという【写真:日本スポーツプレス協会/アフロスポーツ】

 2011年の箱根駅伝で優勝した早稲田大の総合記録は10時間59分51秒でした。それまでの大会記録が11年前の駒澤大の11時間03分17秒だったのを、早稲田大が一気に10時間台に引き上げました。負けたとはいえ、東洋大も11時間00分12秒の大会新記録。1位と2位の差が21秒というのは、大会史上最小でした。


 東洋大が初優勝した2年前が11時間09分14秒、連覇した1年前が11時間10分13秒ですから、大幅に縮めたのですが、それでも早稲田大に勝てませんでした。

 私の戦略、戦術が早稲田大の渡辺康幸・駅伝監督(現・住友電工陸上競技部監督)に負けました。気象条件に恵まれたものの、まさか11時間を切るとは予想していませんでした。


「11時間3分を切れば勝てるだろう」と考えていた私に対し、渡辺監督ははじめから11時間を切るくらいの気持ちでいたそうです。覚悟が違っていました。


 渡辺監督は早い段階から学生駅伝三冠を宣言して、実際に成し遂げました。優勝した後を想定し、選手たちに胴上げをしてもらうときに楽に持ち上がるよう、空いた時間に走って減量までしたのです。


「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」


 山本五十六の名言にあるように、指導者が本気で実践して、「勝つぞ」と言って聞かせる。渡辺監督のような、現役時代にスター選手だったカリスマ性のある方が実際に走っている姿を見れば、選手たちも動きます。早稲田大は、気迫に満ちていました。


「5区までに絶対に東洋を離す」


 柏原から逃げ切るために、1人ひとりが強い思いを持っていました。

酒井俊幸

1976年福島県生まれ。学校法人石川高等学校卒業後、東洋大学に入学。大学時代には、1年時から箱根駅伝に3回出場。大学卒業後、コニカ(現・コニカミノルタ)に入社。全日本実業団駅伝3連覇のメンバーとして貢献。選手引退後は、母校である学校法人石川高等学校で教鞭をとりながら、同校の陸上部顧問を務めた。2009年より東洋大学陸上競技部長距離部門の監督(現職)に就任。就任1年目でチームを優勝に導くという快挙を達成、箱根駅伝では、優勝3回、準優勝5回、3位2回という成績を達成。

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