31歳の斎藤佑樹は「野球を楽しむ」
前向きな日々が余計な力を取り除く

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独特な環境の中独り戦ってきた斎藤

プロ10年目を迎える日本ハム・斎藤。先発やショートスターター、中継ぎとどこで使われても「自分が貢献できる役割があるのなら、そこで勝負したい」と語る
プロ10年目を迎える日本ハム・斎藤。先発やショートスターター、中継ぎとどこで使われても「自分が貢献できる役割があるのなら、そこで勝負したい」と語る【写真は共同】

 北海道日本ハム・斎藤佑樹、31歳――。


 ここまで9年間のプロでの実績は、88試合で15勝26敗、防御率4.34。高校、大学時代の活躍ぶりと周りからの期待の大きさを考えれば、到底、満足できるものではないはずだ。

 ルーキーイヤーに6勝をマークした斎藤は、プロ2年目には開幕投手を務めて初の完投勝利を記録した。しかし3年目、さらなる力感と球速を求めた結果、右肩の関節唇を痛めてしまう。斎藤は当時をこう振り返っていた。


「あのときは、このまま勝てなくなったら周りに置いていかれるとか、忘れられてしまうとか、そんなことばかりを考えて焦ってしまいました。まさか肩を壊すなんて思いもしなくて、肩が張るのは腕が振れてるからだと、いいように受け取っていましたから……」


 肩を痛めて以降の7年間で挙げた勝ち星は4つ。この5年間で先発した試合は7、3、6、2、1、勝利数は1、0、1、0、0。だから、毎年のように“崖っぷち”だの“背水の陣”だのと言われて、与えられるチャンスもごくわずか。しかも“ハンカチ王子”として誰もが知る存在だからこそ、追い風の分、向かい風もすさまじく、斎藤だけは二軍戦で打たれたことがネットニュースのトップに上がる。じつは称賛の反対は無関心で、称賛と非難は裏表なのだと考えれば、これほどネガティブな書き込みが殺到するのはある意味、驚くべきことなのだが、当事者からすればたまったものではないだろう。そんな彼ならではの特殊な環境の中、斎藤は独りで戦ってきた。


 一軍のローテーションが埋まっているとき、実績の備わっていない斎藤に先発のチャンスはそうそう巡ってこない。そもそも、突然のアクシデントや日程の都合で先発の谷間に指名されるのは、二軍で結果を残したピッチャーだ。そこで結果を残せなければ、大概、2度目はない。常に1分の1で答えを求められる野球は、斎藤のように爆発力で勝負するわけではないピッチャーには難しいものになる。3度のチャンスで限りなく2に近い1.5の答えを出し続けるのが、うまさで勝負するタイプの持ち味なのに、実績がないからと3度のチャンスを与えられず、それだけの場数を踏めなければ結果も残らない。つまりは堂々巡りの悪循環なのだ。だから、調子が良くてもチャンスがないまま二軍に落とされたり、二軍で調子がいいときに一軍枠に空きがなかったりして、自分の感覚と周りからの評価がうまく噛み合わないと、つい愚痴も出る。

石田雄太

1964年、愛知県名古屋市生まれ。名古屋市立菊里高等学校、青山学院大学を経てNHKにディレクターとして入局。『サンデースポーツ』などを担当する。92年、フリーランスとなってTBS『野茂英雄スペシャル』『イチローvs.松井秀喜 夢バトルSP』『誰も知らない松坂大輔』などを手掛け、『NEWS23』では桑田真澄の現役引退をスクープした。またベースボールライターとして『Sports Graphic Number』『週刊ベースボール』に連載コラムを持つ。近著に『平成野球30年の30人』『大谷翔平 野球翔年I』『イチロー・インタビューズ 激闘の軌跡2000-2019』(いずれも文藝春秋)がある

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