球界から来た新社長を現場はどう見たか? Jリーグ新時代 令和の社長像 山形編

宇都宮徹壱

今季の好成績を陰で支えた「前々泊」と「集客」

今季の好成績は相田社長の判断力も大きく影響している 【(C)J.LEAGUE】

 佐々木によると、相田が社長に就任してから、トップと現場がダイレクトに意思疎通することがさらに増えたという。これがクラブにとっての第2の変革期。佐々木が現場の要望を集約し、それを強化部と相田に相談すると、間髪入れずに「よし、やろう!」となる。それまで前泊のみがほとんどだった遠征が、今季からは前々泊も認められるようになったのも、現場との意思疎通とスピード決裁の賜物であった。

「山形から移動する際、不便な地域での試合は基本前々泊になりました。水戸ホーリーホックとのアウェー戦(第38節)も、木山監督から『(前々泊で)行けるかな?』と聞かれたんです。監督の古巣だし、上位対決だったので監督も気合いが入っていたんだと思います。強化部と社長に確認したら『行こう!』と即決でした。相田社長になってから、とにかくスピード感が半端ない。今回の新しいクラブハウスの件も『J1に行ったら』ではなく。『J2だから』作ろうという発想をされていると思います」

 まさに楽天の行動指針『スピード!! スピード!! スピード!!』を象徴するようなエピソードである。それでは今季、相田が最も力を入れてきた集客は、現場にどのような影響を与えていたのだろうか。「間違いなく効果がありました」と佐々木は大きく頷く。

「選手バスがスタジアムに入ると、みんな『今日はこんなに入っているんだ!』っていう感じで、モチベーションがぐっと上がるんですよ。試合直前の円陣で選手たちは『たくさんのサポーターの方々が来ている。だから絶対に勝とう!』という呼びかけになるんですよ。社長ですか? 試合中はピッチレベルで見ていることが多いですね。入場者数が発表されると『ごめん、今日は1万人いかなかったよ!』と私におっしゃるんですよ(笑)」

 当の相田も、集客アップのためにフロントスタッフのアイデアを吸い上げ、自ら積極的に行動した。単にCMを打つだけでなく、スタンドでのビール販売も今年からの試みだし、自身もスタグルコーナーに出向いて販売活動を行うなど、ファンとのタッチポイントを積極的に増やしてきた。その結果が、前年からの2割増の平均入場者数(8289人)、そしてJ1時代の15年を上回る総入場者数(17万4069人)。これらの数字については、相田自身も一定の満足感を示しながらも、こう続ける。

「できるだけスタンドを埋めることが、僕らの仕事なんです。試合に勝つためには、できるだけお客様にご来場いただかないといけない。それを毎日スタッフには言い続けて、集客のためのアクションを促してきました。スタッフだけでなく、社内外のさまざまな方々に協力いただいたおかげで、この一年やり切ることができたと思います。僕らは直接、チームを勝たせることはできないけれど、その後押しならできる。目に見えて選手のモチベーションを上げられるのは、何といっても集客なんですよね」

立花陽三と三木谷浩史から教えられたこと

相田が山形に持ち込んだものの多くは、楽天イーグルス時代に培われてきたものであった 【宇都宮徹壱】

 徹底したスピード感、集客への飽くなきこだわり、組織としての一体感、そして選手やスタッフへの気遣い。相田が山形に持ち込んだものの多くは、楽天イーグルス時代に培われてきたものだ。とりわけ直属の上司だった立花陽三社長、さらには楽天グループの三木谷浩史会長からは、多くのものを吸収してきたと本人も明かす。

「立花社長がよくおっしゃっていたのは『チームを勝たせるのは会社だ』という言葉でした。現場は現場、フロントはフロント、ではない。互いが互いをリスペクトして勝ちにいかないと勝てない。そういうことを、ものすごく教えられました。それから三木谷さんからは、気遣いというものを教わりました。あまり知られていませんが、新人選手がデビューした時や初ゴールの時には、必ずご実家に花束を送るように言われていました」

 余談ながら相田自身、選手のメモリアルには必ず家族に花束をプレゼントしているそうだ。狭いサッカー業界、こうした噂はすぐに広まる。新しいクラブハウスというハード面だけでなく、「所属選手を大切にする」というソフト面にも心を砕くことは、新戦力の獲得や主力の引き止めにも一定以上の効果をもたらすだろう。ではビジネスの専門家は、相田の山形での取り組みをどう評価するのだろうか。当連載の監修者である、デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社の里崎慎は、以下の感想を寄せてくれた。

「まず『満員のスタジアムを作ること』をブレずに追求していること。スポーツ興行を生業とするクラブ経営において、最も重要な観点であることが裏付けられたという意味で、非常に重要な事例であると感じました。そして、スピード感。この短期間でしっかり結果を出せた要因のひとつが、まさにこのスピード感だったと思います。仮に失敗しても、迅速なリカバリーでリスクを最小限にすることが可能となります。スピード感のある組織は、外部環境が著しく変わるビジネス界において、非常に大きな強みを持っていると思います」

 残念ながら山形のJ1参入プレーオフの戦いは、準決勝の徳島ヴォルティス戦でついえてしまった。それでも新社長就任2年目の山形には、さまざまな意味で期待が持てると言えよう。戦う舞台がJ1であれJ2であれ、相田健太郎の目指すものに変わりはない。

<この稿、了。文中敬称略>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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