クラブの経営課題克服に秘策はあるか? Jリーグコンサル担当に聞く「人材難」

宇都宮徹壱

岩手のマスコット、キヅール。強化予算が限られるJ3クラブが「移籍しないスター」を作ったことで注目を集めた 【宇都宮徹壱】

 令和時代ならではの新世代のJクラブ社長にフォーカスする連載『Jリーグ新時代 令和の社長像』。連載第1回は栃木SCの橋本大輔社長、そして第2回はいわてグルージャ盛岡(以下、岩手)の宮野聡社長に登場していただいた。このうち第1回の栃木編は試行錯誤の中でのスタートとなったが、第2回の岩手編からはスポーツビジネスに精通した監修者を迎えることにした。デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社の里崎慎さんである。

 里崎さんには、取材先を選定する段階からミーティングに加わっていただき、取材ポイントを吟味する上でアドバイスをいただいている。岩手編の現地での取材を終え、前後編のレポートも掲載された今、再び里崎さんに話をうかがうのは「取材後の検証」のためである。「レポートがアップされたら終わり」ではなく、岩手での取材で感じたクラブの課題を、Jリーグ全体の課題として捉えなおす。それが、ここでいう「取材後の検証」。今回は、J3クラブにおける「人材難」がテーマである。

「強くなればいい」から「いかにクラブの特徴を作っていくか」へ

──この連載は「令和時代ならではのJクラブの社長」にフォーカスしています。里崎さんから見て、Jリーグが始まった頃の社長と現代の社長との違いを、どのあたりに感じますでしょうか?

 まず今回のレポートですが、岩手の宮野社長は「自分たちの立ち位置を考えたクラブ経営」というものを第一に考えている印象を受けました。かつてのJクラブの社長さんというのは、どうしてもチーム強化というものを第一に考えないといけない状況だったかと思います。

 なぜ強化を第一に考えていたかというと、Jリーグの成り立ちが「日本代表の強化」を目的としていたという歴史的な背景がDNAとして深く刻まれているからでしょうね。それもあって「強いチームを作ることが集客につながる」という発想になっていったと。半分は事実なのですが、リーグ戦で優勝できるチームはひとつだけ。すべてのチームが常に優勝というのは、制度的にも無理なわけです。

──まあ、そうですよね。これがJ2やJ3のクラブになると、ただ「強くなればいい」とか「J1に昇格して優勝を」と声高に言っても、やっぱり無理がありますよね。

 おっしゃるとおり、J2やJ3の地方クラブの場合、どこの部分でコア・コンピタンス(企業の中核となる強み)を維持できるのかが課題になると思います。そんな中、自分たちの現在の立ち位置というものを冷静に分析して、どういうアクションが有効なのかを考えるクラブ社長が最近ようやく出てくるようになったと思うんですよ。

──宮野社長の場合、コンサルファームからの出向という形で、常務取締役としてクラブの経営立て直しに乗り出します。その中で仕事の1割の時間をマスコット開発に充てて、それがキヅールを生み出すきっかけになったところに新しさを感じますよね。

 そうですね。「移籍しないスターを作る」ということで、話題性のあるマスコットを作るというのは「競技力ではないところで、いかにクラブの特徴を作っていくか」という発想なんでしょうね。そうした発想は、これまでのJクラブのスタンダードとは、ちょっと異なるアプローチだったと思います。

J3クラブの社長就任は「清水の舞台に飛び降りる」思い?

『令和の社長像』の監修を務めるデロイトの里崎慎氏。同社が毎年発行している『Jリーグマネジメントカップ』も担当 【宇都宮徹壱】

──このインタビューの目的は、岩手での取材をもとにJリーグ全体で共通する課題をあぶり出し、そのソリューションを考えることです。今回の取材で特に印象的だったのが「とにかく人材がいない」ということでした。宮野さんがコンサルファームを辞めて社長に就任したのも、スポンサーの会長が事実上のクラブオーナーになったのも、理由を尋ねると「他に適任者がいなかった」とか「手を挙げる人がいなかった」なんですよね。

「自分が引き受けなければ、このクラブは潰れてしまう」という状況で手を挙げるのは、清水の舞台から飛び降りるような決断ですよね(苦笑)。最後は気概というか、使命感というか。でも、それだとあまりにも他での再現性が低いし、やりがい搾取にもなりかねない。だから美談として取り上げるのも、本当は良くないと思います。

──確かに。こうした状況は、何もJ3クラブに限った話でもないように感じます。

 人材の不足感というのは、J1においても確実にあると思います。トップマネジメントの人材が足りないというのはよく聞きますが、実はそれはもう少し厳密に言うと、ミドルマネジメントを活用できるトップマネジメント人材が足りていない、ということかと思います。ミドルマネジメントというのは、ある程度の業務権限を持っている部長クラスのポジション。この層の人たちが、クラブの課題を「自分ごと」として捉えながらトライ&エラーを繰り返している組織というのは、最近目立った成果を出していると思っています。

──ブレないトップの下に、優秀なミドルマネジメントの人材がいることが、理想的なクラブマネジメントのあり方なんでしょうね。ただこれがJ2やJ3のクラブになると、そもそもスタッフの人数が限られているから、トップの社長がミドルマネジメントを兼任しないといけなくなるわけですよね。

 どんなに優秀なトップでも、ひとりで何もかも抱えてしまうのは、どう考えても無理があります。加えてJクラブの経営というのは、対スポンサーのB2B(企業間取引)、対ファン・サポーターのB2C(企業と一般消費者の取引)、そして対自治体のB2G(企業と政府機関の取引)もある。通常のビジネスに比べてステークホルダーが多い上に、それぞれの利害が相反することも少なくない。クラブのトップは、尋常でない調整能力を求められるわけで、そこにスポーツビジネス特有の難しさがあると思います。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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