ラグビーW杯2019特集

ラグビーの祭典が日本に残した教訓
サッカー脳で愉しむラグビーW杯(11月2日)

ウェブ・エリス・カップは再び母国へ帰れるのか?

国旗を誇らしげに掲げる南アフリカのファン。勝てば3大会ぶり3回目の優勝となる
国旗を誇らしげに掲げる南アフリカのファン。勝てば3大会ぶり3回目の優勝となる【宇都宮徹壱】

 ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会は26日目。9月20日の開幕から数えて、実に43日後に迎えるフィナーレ。サッカーのW杯の大会期間は31日間だから、いかに長い戦いだったかが理解できよう。この日、会場となる横浜国際総合競技場で決勝のキックオフを迎えるのはイングランドと南アフリカ。イングランドは2003年大会以来2度目、南アフリカは07年大会以来3度目のウェブ・エリス・カップ獲得を目指す。決勝での両者の顔合わせは、07年大会以来12年ぶりのことだ。


 ファイナルについて言及する前に、優勝チームに贈られるウェブ・エリス・カップに注目してみたい。純銀製のボディーに金箔が貼られたトロフィーは、ビクトリア調のクラシカルなデザインで、高さ47.2センチ、重さ4.5キロ。いつも大男たちが掲げているので、小ぶりなイメージがあるが、実はサッカーW杯のトロフィー(36.8センチ)よりも大きい。トロフィーの名前は、「ラグビーの発明者」とされているウィリアム・ウェブ・エリス(1806〜1872)にちなんでいる。


 時は1823年、ところはイングランドの有名なパブリック・スクールであるラグビー校。試合中にエリス少年が「ボールを抱えたままゴールを目指して走った」ことが、ラグビーのはじまりとされている。もっとも当時は、フットボールがラグビー式とアソシエーション式に分化する以前の話(両者が袂を分かつのは40年後の1863年である)。加えて「ボールを抱えたままゴールを目指して走った」のが、本当にエリス少年だったかどうかについては今でも異論があるらしく、この話は「伝説」扱いとされている。


 ウェブ・エリス自身は英国人だが、その名を冠したトロフィーは長年、南半球に留まることとなった。1987年の第1回大会をニュージーランドが制して以降、91年オーストラリア、95年南アフリカ、99年オーストラリアと続き、03年にようやくイングランドが獲得。しかし、トロフィーが北半球にもたらされたのは、この1回のみ。以後は07年南アフリカ、11年と15年はニュージーランドが連覇している。果たしてウェブ・エリス・カップは、16年ぶりに母国に帰還することができるのか。あるいはまたしても、南半球に留まることになるのか。

ペナルティーゴールの応酬が続いた決勝戦

陽気にビールをあおりながら、4大会ぶり2回目の優勝を目指すイングランドのファン
陽気にビールをあおりながら、4大会ぶり2回目の優勝を目指すイングランドのファン【宇都宮徹壱】

 サッカーのW杯では、決勝戦の前に派手なセレモニーが行われるのが慣例となっている。ラグビーW杯のファイナルではどうなのだろうか。何しろ初めてなので、ワクワクしながら記者席で待機していたのだが、特段の催しもないまま両チームのアップが始まった。前述のとおり、今回のファイナルは07年大会以来となる顔合わせとなり、この時は南アフリカが15-6で勝利。ちなみに南アフリカが優勝した2大会の決勝は、いずれもトライの記録はなく、キックのみで世界一の栄冠を勝ち取っている。


 前日の3位決定戦からまた一転、決勝はトライがなかなか決まらない展開が続いた。先制したのは南アフリカ。9分にハンドレ・ポラードがペナルティーゴールを成功させた。22分にはオーウェン・ファレルもペナルティーゴールを決めてイングランドが同点とするも、その3分後には再び南アフリカが3点を加えて突き放す。両者ともにキックで得点を刻む中、次第に明らかになるのがスクラムでの南アフリカの優位性。対するイングランドは、パスやラインアウトでのミスが目立った。前半は12-6、南アフリカのリードで終了。


 ハーフタイム、スタジアムにジョン・デンバーの『Take Me Home, Country Roads』が流れる。邦題は「カントリー・ロード(故郷に帰りたい)」。どちらもトロフィーとともに、晴れやかな気分で帰国したいところだろう。それにしても、トライなしでもこんなに面白い試合になるとは想像もしなかった。後半も、5分南アフリカ、11分イングランド、17分南アフリカ、そして19分イングランドと、まさに「PK合戦」の様相を呈していく。このままトライがなく、今大会は終わってしまうのだろうか?


 そんなことを考えていた後半26分、南アフリカのマカゾレ・マピンピが左サイドでキックすると、キャッチしたルカニョ・アムからパスを受けてマピンピが両チーム初のトライに成功。さらに33分、右に展開したチェスリン・コルビにボールが渡ると、身長170センチの小兵は巧みなステップから一気に加速して2つ目のトライを決める。ポラードも2本のコンバージョンを成功させ、スコアは32-12(ポラードは69点で今大会の得点王となった)。そして40分のホーンとともにボールは蹴り出されてノーサイドとなり、南アフリカが3大会ぶり3度目の優勝を果たした。

宇都宮徹壱
宇都宮徹壱

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著はスポーツナビでの連載をまとめた『J2&J3 フットボール漫遊記』(東邦出版)

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