日本が得た「銅・アジア新」以上の収穫 伊東浩司氏による男子100mリレー解説
大きかった桐生の存在感
その中で、日本でキャリアがあるのは桐生だけで、年齢的にも若いチームでしたが、4レーンと良いレーンをもらったことも良かった。8レーンの米国や7レーンの英国と離れていたこともあって冷静に走り、なおかつバトンパスも良かったし、本当に金メダルを狙いにいったレースだったんだなと思います。
土江寛裕コーチ(日本陸上競技連盟の五輪強化コーチ)とすれば、おそらく現地に入るまでは前回大会の英国の優勝タイムと同じくらいの37秒4台なら優勝を狙える、というイメージで強化をしていったと思います。しかし、他の国もバトンパスの精度をドンドン上げてきているので、レベルの高いレースになりました。記録的にも予選から英国の37秒56を筆頭に、驚くような記録が出る大会になりました。
予選の結果を見ると、勢力図や他国の布陣などが思ったものとは違った図式になっていたこともあり、決勝では1走を小池くんから多田くんに変えたのだと思います。多田くんも元々は2走が多かったのですが、ナショナルチームに入ってからは「自分は1走だ」と決めたようなところもありました。急きょ出場となった決勝では、飛び出しも良かったし、最後まで自信を持って走っていたので、控えという立場でも常に備えることができていたのだと思います。前回大会の藤光謙司(ゼンリン)同様に、いつチャンスが回ってくるか分からないという気持ちでい続けることが、彼の大きなモチベーションになっていたと思います。
また、レースを見れば、桐生くんの存在感は大きかったと思います。彼はチームの大きな柱になっていました。今までだと、個人では出られなくて、リレーだけだったという感じでしたが、今回は個人でも戦ったので、気持ちの面でもすごく成長した。普通なら飯塚翔太(ミズノ)のチームになる予定だったと思いますが、個人でも出た限りは「リレーでは絶対に金メダルを取るんだ」という気持ちを強く全面に出し、それを走りで見せてくれました。だからこそ、桐生くんのチームになったと言えます。
サニブラウン・ハキームの存在もありますが、やっぱり桐生とサニブラウンが3走と4走に控えているという安心感は、1走と2走の選手にもあったと思います。多田くんもそうですが、初出場の白石くんも、2人(桐生とサニブラウン)がいたからこそ、自分のところでどうにかしようというのではなく、任されたところをしっかり走り切ることだけに集中できたのが良かったと思います。彼(白石)の場合は個人種目の結果を見れば、あそこまで走るとは思わなかったというのが正直なところです。他国のコーチなら、そういう選手はリレーでは計算できないと考えるはずです。しかし、土江コーチは科学的なデータをもとに、いけると判断して起用した。1走の多田くんの勢いを消してしまうような走りになってしまうと結果は伴わないところでしたが、予選で日本より上位にきた、ひとつ外側のレーンの南アフリカとも対等に走ってくれた。勢いが桐生くんにつながったと思います。メダル獲得という面では、警戒しなければいけない南アフリカをしっかりとかわして、差を付け、2番手に上げたことは大きかったと思います。
また、4走にサニブラウンくんがいるというのも、前の3人に与えている影響は大きいと思いました。3人ともにサニブラウンはちゃんと走ってくれるだろうし、競り合いにも強いというイメージを持っている。どんな状況でもちゃんとバトンを渡せば、前のチームを抜いて確実にメダルを取ってくれる。遅れていても1番になってくれるのではないか、という期待を持てる選手です。
東京で金へ、決勝進出者を出すのが理想
今回は控えで出られなかったケンブリッジ飛鳥くん(ナイキ)もそうだし、日本で見ている山縣亮太くん(セイコー)もそう。自分のパフォーマンスを上げていけば、絶対に使ってもらえる、という気持ちになれたのではないかと思います。
東京五輪で金メダルを獲得するには、いかにしてミスを誘っていくか。米国と英国は条件がそろっているチームなので厳しいですが、ミスを誘う走りができれば、金メダルがより近くなっていきます。今の日本の走りを見れば、少し走力が上がるだけで、十分戦えるレースをしているので、すごく楽しみです。
しかし、今大会では、日本がこれまでやってきたような、1走に強い選手を置いて流れを作るという戦法が他の国に浸透してしまっています。だからこそ、個々の選手の走力を上げていかなければいけない。少し前に比べれば、十分に走力は上がってきていますが、やはり100メートルや200メートルで、ファイナリストが出てくるようなメンバーがそろうことが一番の理想。そういう状況も近くなってきていると思います。
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