日本が得た「銅・アジア新」以上の収穫 伊東浩司氏による男子100mリレー解説

折山淑美

37秒43のアジア新記録で銅メダルを獲得した(左から)多田、白石、桐生、サニブラウン 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 100メートル優勝のクリスチャン・コールマンを1走に起用した米国が37秒10で優勝し、200メートル4位のアダム・ジェミリを1走にした英国が37秒36の欧州新記録で2位。ハイレベルな戦いとなった、10月5日(日本時間6日)の陸上の世界選手権・男子4×100メートルリレー。金メダルを狙った日本は、予選から1走の小池祐貴を、多田修平(ともに住友電工)に変えて、白石黄良々(セレスポ)、桐生祥秀(日本生命)、サニブラウン・ハキーム(フロリダ大)でつないだ。3位にはとどまったが、37秒43のアジア新記録をマーク。持てる力を出し切る結果だった。100メートル元日本記録保持者の伊東浩司氏に、リレーチームを解説してもらった。

大きかった桐生の存在感

3走・4走に桐生(左)とサニブラウンを配置できたことにより、1走・2走に良い影響を与えたと伊東氏 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 レース全体を見ると1走のコールマンの走りで、米国に金メダルへの流れが行ってしまったという感じはあります。英国もジェミリを1走に起用して、米国と同じように流れを作ろうとしましたが、ひとつ外側のレーンの米国が素晴らしい滑り出しをしたことで、ペースを崩されてしまっている部分もあり、2走と3走のバトンパスがうまくいきませんでした。

 その中で、日本でキャリアがあるのは桐生だけで、年齢的にも若いチームでしたが、4レーンと良いレーンをもらったことも良かった。8レーンの米国や7レーンの英国と離れていたこともあって冷静に走り、なおかつバトンパスも良かったし、本当に金メダルを狙いにいったレースだったんだなと思います。

 土江寛裕コーチ(日本陸上競技連盟の五輪強化コーチ)とすれば、おそらく現地に入るまでは前回大会の英国の優勝タイムと同じくらいの37秒4台なら優勝を狙える、というイメージで強化をしていったと思います。しかし、他の国もバトンパスの精度をドンドン上げてきているので、レベルの高いレースになりました。記録的にも予選から英国の37秒56を筆頭に、驚くような記録が出る大会になりました。

 予選の結果を見ると、勢力図や他国の布陣などが思ったものとは違った図式になっていたこともあり、決勝では1走を小池くんから多田くんに変えたのだと思います。多田くんも元々は2走が多かったのですが、ナショナルチームに入ってからは「自分は1走だ」と決めたようなところもありました。急きょ出場となった決勝では、飛び出しも良かったし、最後まで自信を持って走っていたので、控えという立場でも常に備えることができていたのだと思います。前回大会の藤光謙司(ゼンリン)同様に、いつチャンスが回ってくるか分からないという気持ちでい続けることが、彼の大きなモチベーションになっていたと思います。

 また、レースを見れば、桐生くんの存在感は大きかったと思います。彼はチームの大きな柱になっていました。今までだと、個人では出られなくて、リレーだけだったという感じでしたが、今回は個人でも戦ったので、気持ちの面でもすごく成長した。普通なら飯塚翔太(ミズノ)のチームになる予定だったと思いますが、個人でも出た限りは「リレーでは絶対に金メダルを取るんだ」という気持ちを強く全面に出し、それを走りで見せてくれました。だからこそ、桐生くんのチームになったと言えます。

 サニブラウン・ハキームの存在もありますが、やっぱり桐生とサニブラウンが3走と4走に控えているという安心感は、1走と2走の選手にもあったと思います。多田くんもそうですが、初出場の白石くんも、2人(桐生とサニブラウン)がいたからこそ、自分のところでどうにかしようというのではなく、任されたところをしっかり走り切ることだけに集中できたのが良かったと思います。彼(白石)の場合は個人種目の結果を見れば、あそこまで走るとは思わなかったというのが正直なところです。他国のコーチなら、そういう選手はリレーでは計算できないと考えるはずです。しかし、土江コーチは科学的なデータをもとに、いけると判断して起用した。1走の多田くんの勢いを消してしまうような走りになってしまうと結果は伴わないところでしたが、予選で日本より上位にきた、ひとつ外側のレーンの南アフリカとも対等に走ってくれた。勢いが桐生くんにつながったと思います。メダル獲得という面では、警戒しなければいけない南アフリカをしっかりとかわして、差を付け、2番手に上げたことは大きかったと思います。

 また、4走にサニブラウンくんがいるというのも、前の3人に与えている影響は大きいと思いました。3人ともにサニブラウンはちゃんと走ってくれるだろうし、競り合いにも強いというイメージを持っている。どんな状況でもちゃんとバトンを渡せば、前のチームを抜いて確実にメダルを取ってくれる。遅れていても1番になってくれるのではないか、という期待を持てる選手です。

東京で金へ、決勝進出者を出すのが理想

これまで日本が秀でていたバトンパスだが、他国のレベルも上がってきた。東京五輪で金メダルを目指すためには個々の走力アップが欠かせない、と伊東氏は指摘する 【写真:松尾/アフロスポーツ】

 今回は初出場の選手もいるチームで、アジア新を出した。この結果は大きいと思います。特に調子が悪いと見た選手を、次の選手に替えるという選択をできたことにも意味があります。これまで、ある程度オーダーが固定されていて、けが人が出たら替えるというケースが多かった。だが、少し調子が悪かったということで、9秒台の選手でも外したということは、チーム全体に「誰にでもチャンスがある」というイメージも植え付けたと思います。

 今回は控えで出られなかったケンブリッジ飛鳥くん(ナイキ)もそうだし、日本で見ている山縣亮太くん(セイコー)もそう。自分のパフォーマンスを上げていけば、絶対に使ってもらえる、という気持ちになれたのではないかと思います。

 東京五輪で金メダルを獲得するには、いかにしてミスを誘っていくか。米国と英国は条件がそろっているチームなので厳しいですが、ミスを誘う走りができれば、金メダルがより近くなっていきます。今の日本の走りを見れば、少し走力が上がるだけで、十分戦えるレースをしているので、すごく楽しみです。

 しかし、今大会では、日本がこれまでやってきたような、1走に強い選手を置いて流れを作るという戦法が他の国に浸透してしまっています。だからこそ、個々の選手の走力を上げていかなければいけない。少し前に比べれば、十分に走力は上がってきていますが、やはり100メートルや200メートルで、ファイナリストが出てくるようなメンバーがそろうことが一番の理想。そういう状況も近くなってきていると思います。
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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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