遠藤航、ベルギー時代を振り返る 手応えを得たヨーロッパでの初シーズン
海外移籍の際、最初は日本人がいたほうがいい
「最初の1、2週間くらいは、やっぱりきつかったです。さっきも言ったように環境面があまり良くなかったことはつらかった。ホテルも、ベッドひとつだけあってシャワーを浴びるだけの狭い部屋で、寮みたいな感じ。日本での生活とは全く異なる環境で生活するようになって、そこからのスタートだったので。それに家族とも一時離れることになったし。
でも、それをどうポジティブに考えられるかというところでは、自分はうまく物事を吸収できる性格だと思っている。それと、デビュー戦のゲンク戦で結果が出たのは自分の中に落ち着きをもたらしたと思います。試合に出るまで、結果を残すまではもどかしさを感じたり、初めての海外移籍で環境に慣れなかったり、メンタル的にネガティブになりがちな時期はあった。でもひとつ結果が出たことで本来のルーティーンに戻ったというか、チームメートに認められた感があったりとか。そんな変化はありましたね」
STVVはDMMグループが経営に参画してから抜本的なクラブ改革に着手し、日本人選手の獲得に力を入れている。昨夏に遠藤が加入したときには冨安健洋、関根貴大が在籍していて、遠藤はチーム3人目の日本人プレーヤーになった。
「トミ(富安)とタカ(関根)、そして僕が加入した後に(鎌田)大地、(小池)裕太、(木下)康介が入って、6人の日本人選手がいました。僕としては、ヨーロッパでの最初のクラブとしては良かったと思います。言葉も、もちろん英語は勉強していったので聞くことはできたけれども、十分にしゃべれない状態だった。チームに日本人がいたことはポジティブな要素だった。
これまでは、海外に行くときは日本人がいないほうがいいと思っていました。でも実際に行ってみたら、最初は日本人がいたほうがいいかなと思った。トミも最初の半年間は試合に出られなくて、僕らが来てから出場機会を得られて雰囲気が変わっていった。僕らに対しても打ち解けていたので、そういうのも大事なんじゃないかな。日本人同士のコミュニティーがあるんだったら、それを存分に使って海外でやればいいとも思います」
中盤の「前目」で起用されてつかんだ手応え
「別にポジションに関してはネガティブではなくて、中盤(の前目)でプレーすることが自分の成長につながるとも思っていました。最初にスタメンで出たときなどは、ちょっと自分のミスが目立ったり失点に絡んだりもしましたけれど、それも経験で、少しずつアダプトしていけたと思う。ベルギーリーグの雰囲気にも慣れていきましたしね。
あとはサッカー自体がどちらかというと“個”にフォーカスしていたので、中盤でのボールの扱い方など、日本での考え方をベルギーに来てから変えることができた。それは大きく学べた点でしたね。その結果、個人として成長できたし、中盤でプレーする能力は上がったと思います」
ブライス監督の下で強化されたチームはレギュラーシーズンの6位までが参加できるプレーオフ1には惜しくも入れず7位、プレーオフ2を2位で終えた。
「悪いシーズンではなかったですけれど、結局プレーオフ1に行けなかったのは悔しかった。僕はけがもあって最後の方は出られなかったもどかしさもあり、いろいろ感じながらプレーしていました。STVVの歴史からするとシーズンの結果はすごく良くて、だからこそいろいろな方から注目されて、シーズン後には所属選手たちがさまざまなクラブへ移籍していった。
若いチームではあったけれども、もっと良い結果が残せたチームだったとも思いますね。選手個々の能力は高かったと思うんです。もちろん日本人選手も活躍していたし、その他の選手たちも十分に活躍していましたから」
ひとつの手応えを得たヨーロッパでの初シーズン。一方で遠藤航は、ベルギーで戦う最中に、次なるステップアップをもくろんでいた。
(後編へ続く)
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