「スピードへの回帰」を目指す田中恒成 自分の良さを見つめ直し、取り戻す防衛戦

船橋真二郎

「重心」を戻す作業を繰り返し反復

8月初旬、兄・亮明(写真左)との公開スパーリングが話題を呼んだ。挑戦者と同じサウスポーである兄と拳を交えたが、そのテンポの速さを体感できたことも大きな収穫だった 【写真は共同】

 ポイントは「重心」。前がかりの戦いが続いた分、その重心を戻すことは、言葉で言うほど簡単ではないのではないか。19日の公開練習の際、そう田中に問うと「余裕でした」と笑顔で一蹴された。が、河合トレーナーには最初、違う答えが返ってきたという。

「まずパワー寄りになったときの重心の置き方、以前の置き方がどうだったのかを頭で理解させました。その上で恒成に『前の動きはできる?』と聞いたら、『頑張らないとできないです』と。そこから本人がしっかり(重心の置き方を)意識しながら、体が覚えるまで繰り返し反復してきたということですね」

 ジムワークで徹底的にたたき込んだものを、フィリピンでのスパーリング合宿を含めた実戦練習で落とし込み、再び自分のものにした。東京五輪を目指すトップアマチュアの兄・亮明(岐阜・中京学院大中京高教員)とのスパーが話題となったが、3ラウンドの短期決戦で戦うアマの、それもトップレベルのテンポの速さを体感したことは、サウスポー対策以上に意義深かったはずである。

「今は意識しなくてもスピードが出せるようになって、もう身に付けた状態まで戻ったと思います」(河合トレーナー)

 5月下旬に開かれた発表会見の時から、何度も繰り返してきた田中の言葉に力が込められた。

「スピードのある相手をスピードで圧倒して、必ずKOします」

挑戦者もスピードが持ち味

挑戦者のゴンザレスも田中と同様に、スピードが持ち味のボクサーだ 【船橋真二郎】

 挑戦者のゴンサレスは、父でトレーナーのルイス・ゴンサレスがアマで活躍したサラブレッド。その父の影響で6歳の時にグローブを握った。本人によるとアマ戦績は「126戦して10敗」。17歳で世界ユース優勝、19歳で中米カリブ大会優勝などの実績を積み、プロに転向するのは20歳を迎える直前だった。

 それから8年4カ月、指名挑戦者として堂々つかんだ初挑戦のチャンス。20日の公開練習では、ルイストレーナーとのミット打ちなどで、俊敏な足さばきとハンドスピードを見せ、田中も評価する速い動きを披露した。それでも「恒成の爆発的なスピードに、ついてこれるとは感じない」という河合トレーナーの一言がすべてを表す。

「なので、あとは恒成の仕上がり次第なのかなと思いますね。ここまでは順調に来たので、最後の体重調整から試合までの回復まで、しっかり仕上げきれるか」

「スピードとパワーを切り替えるスイッチ」を手にしたら…?

田中のフィジカル面をサポートする河合トレーナー(写真左、青のジャケット)。「スピードとパワーを切り替えるスイッチ」を手にした時、田中のボクシングというものが見えてくるのかもしれない 【船橋真二郎】

 すでに田中の体は、フライ級でも「ギリギリ」だという。

 ミニマム級からスタートし、ライトフライ級、フライ級と階級を上げていく過程で筋肉量を増やし、パワーを身に付けてきた。今回、本来のスピードを取り戻すからといって、そのパワーを捨てるわけではない。

「スピードを出す時はどういう重心か、パワーの時はどういう重心か、恒成自身がしっかり理解し、使い分けられるようになってきました」

 まずは武器の「スピード」で主導権を握る。「パワー」を織り交ぜながら、フィニッシュは、たとえば「スピード」に乗ったカウンターか、あるいは「パワフル」なコンビネーションか――。

 以前、「自分のボクシングと言われても分からないし、まったく見えない」と、田中が話していたことがある。スピードを取り戻し、「スピードとパワーを切り替えるスイッチ」(河合トレーナー)を手にした時、田中本人にも、われわれにも、その姿が見えてくるのかもしれない。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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