連載:なでしこジャパン新時代「女王奪還」へ
リオ五輪予選敗退から3年 新生なでしこが味わった失意と歓喜
20代前半の若手主体の新生なでしこジャパン。若いチームを支える熊谷紗希、鮫島彩らベテランの奮闘にも注目が集まる 【写真:アフロ】
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なでしこジャパン再建は、初の女性指揮官に託された
シドニー五輪以来となる世界大会の予選敗退――。
08年の東アジア女子選手権を皮切りに、11年の女子W杯・ドイツ大会など、数々の国際タイトルを獲得してきた佐々木則夫監督が退任する事態となった。
その後任として、なでしこジャパンを率いることになったのが、高倉麻子監督である。
高倉監督は、なでしこリーグの前身、日本女子サッカーリーグで第1号ゴールを記録した女子サッカーのレジェンド的存在。引退後は育成年代の指導に携わるようになる。大都市圏だけでなく、主にマンパワーの問題で男子ほどタレントを発掘しにくい、女子サッカー後進地域にも積極的に足を運んだ。
U-17日本女子代表を率いた14年には、U-17女子W杯・コスタリカ大会で、このカテゴリー初の世界制覇を成し遂げている。そうした実績を評価されての抜擢。女性指導者がフル代表を指揮するのは、初めてのケースだった。
就任直後は永里優季、宮間あや(招集には至らず)ら、佐々木体制の主軸を残す考えがあったようだが、その後、阪口夢穂、鮫島彩ら一部の選手を除き、若手にシフトしていった。
新体制になってしばらくは、なでしこリーグ2部や3部にあたるチャレンジリーグでプレーする選手たちにもチャンスを与えた。所属クラブの名前や経歴に影響されない選考は、Jリーグアカデミー、高校、街クラブの混成軍で世界を制した“リトルなでしこ”と同じ。「日本の女子サッカー界の総力を挙げて、世界一への返り咲きを目指す」という姿勢にもとれた。
こうしてチャンスを与えられた若手の中から、中盤の長谷川唯などが、徐々に頭角を現してくる。
多くの選手を招集し、その可能性に目を配る作業を続けたぶん、チーム作りは遅れた。だが、それでも世間は、世界大会のファイナルの常連だったかつてと同じレベルの成績を求める。17年12月に、日本で開催されたE-1サッカー選手権の最終戦で北朝鮮に敗れてタイトルを逃すと、代表チームを取り巻く雰囲気も厳しいものになっていった。
アジアカップとアジア大会で力強く連覇を達成
18年4月に行われたアジアカップでオーストラリアを下して優勝。新たな一歩を大きく踏み出した 【Getty Images】
オーストラリア、韓国、ベトナムと同居した厳しいグループで1勝2分となり、上位国同士の対戦成績によって突破。オーストラリアとの最終戦では、次のラウンドに進むため、ラスト数分間、攻撃を控えてボールキープを選択した。
準決勝で中国を撃破し、迎えた決勝の相手は再びオーストラリア。グループステージで対戦したときと同じメンバーをピッチに揃えたなでしこジャパンは、途中出場の横山久美のゴールで1−0と勝利し、アジア女王に輝いた。
この決勝で先発したのは、GK山下杏也加、DF宇津木瑠美、鮫島、熊谷紗希、市瀬菜々、清水梨紗、MF中島依美、阪口、長谷川、FW岩渕真奈、菅澤優衣香の11人。この勝利で選手への信頼が強まったのか、高倉監督は決勝のスタメン11名全員を、今大会(女子W杯・フランス大会)のメンバーに選んでいる。
18年8月に行われたアジア大会(ジャカルタ・パレンバン)では、国内組だけのメンバー構成だったが、北朝鮮、韓国、中国を下して優勝。それも、他国より登録メンバーがふたり少ない不利な状況で(他競技の選手数との兼ね合いでそうなった)猛暑の中での連戦を克服し、アジア2冠を達成した。チームの骨格が出来上がったのだった。
(企画構成:YOJI-GEN)
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