「これでサッカー人生が終わっても──」 世界一を知るベテラン、鮫島彩の覚悟

早草紀子
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自身3度目のW杯に挑む鮫島彩。過去2大会にはなかったリーダーとしての強い覚悟がにじむ 【早草紀子】

 世界一を経験した8年前とはもちろん、準優勝に終わった4年前までとも明らかに違う。左サイドバックのスペシャリストだった鮫島彩は、センターバックとしての新境地を開拓しただけでなく、ひとりの人間としてもその視野を大きく広げたようだ。若手中心のチームで存在感を放つ歴戦のベテランが、自身3度目のワールドカップ(W杯)を戦う覚悟を口にした。

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周囲が気遣う“ベテランらしからぬベテラン”

 2016年4月、高倉麻子監督の下で新たなスタートを切ったその日から、なでしこジャパンは今年の女子W杯・フランス大会で再び世界一になることを目標にしてきた。
 覇権奪回という大きな使命を託された23人のエントリーメンバーのうち、実に17人がフル代表として臨む、初めての世界大会だ。

 このフレッシュなチームで、数少ないベテランとして存在感を放っているのが、8年前の世界一を知る鮫島彩である。

「とうとうやって来ましたね。これまでのW杯とは、立場的にもだけど、感じる雰囲気も全然違います。もう未知の世界です(笑)」

 08年の北京五輪ではバックアップメンバーにとどまった鮫島だが、その後の代表活動では欠かせぬ選手のひとりになっていく。11年の女子W杯・ドイツ大会で世界の頂点を極めると、翌12年にはロンドン五輪で銀メダル、さらに15年の女子W杯・カナダ大会で準優勝と、なでしこジャパンの栄光の歴史を中心選手として紡いできた。

 その一方で、16年リオ五輪の出場権を逃すという悔しさも味わっている。これほどの経験の持ち主は、世界を見渡してもそう多くはないだろう。

 当然、若い現チームではリーダーの重責を担ってもおかしくないはずだが、しかし、そもそも鮫島は気持ちを前面に押し出し、先頭に立って戦うタイプではない。むしろそれとは真逆で、かつてのリーダー、澤穂希や宮間あやのような統率力やカリスマ性を持ち合わせているわけでもなかった。
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著者プロフィール

東京工芸短大写真技術科卒業。1993年よりJリーグ撮影を開始。1996年から日本女子サッカーリーグのオフィシャルカメラマンとなる。以降、サッカー専門誌で培った経験を武器に、サッカー撮影にどっぷり浸かる。現在はJリーグ・大宮アルディージャのオフィシャルフォトブラファーであり、日本サッカー協会オフィシャルウェブサイトでは女子サッカー連載コラムを担当している

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