IDでもっと便利に新規取得

ログイン

高校野球監督の名言
「泣くな。オレに約束できるか?」
日本文理・大井道夫

アプリ限定

高校野球ファンにとって忘れられない試合の1つ、09年夏の「日本文理vs.中京大中京」。あの試合が生まれた背景には、大井元監督がかけた言葉にある
高校野球ファンにとって忘れられない試合の1つ、09年夏の「日本文理vs.中京大中京」。あの試合が生まれた背景には、大井元監督がかけた言葉にある【写真は共同】

 全国でも有数の弱小県だった新潟。その野球不毛の地で日本文理を強豪に育てたのが大井道夫元監督だった。2006年に新潟県勢センバツ初勝利。09年夏の甲子園では準優勝に導いた。09年夏の決勝で4対10とリードされた9回二死走者なしから5点を挙げた怒涛の反撃は語り草。甲子園の球史に残る激闘だった。大井元監督の指導方針は選手たちにのびのび、思い切りよくやらせること。自らも宇都宮工の投手として夏の甲子園準優勝の実績があるが、「ああだ、こうだ」と細かく指導することはなかった。試合でも細かなサインはなく、迷いなく振らせることを重視。それが快進撃を生んだ。監督の気持ちに選手が応えた結果が県勢初の準優勝であり、奇跡の反撃。そのとき、大井元監督がかけた言葉とは?

子どもたちは甲子園で変わった

 9回二死、走者なし。4対10と6点差。だれもがこのままの試合終了を疑わなかった。だが、そこから4万7000人の観衆を揺るがす猛反撃が始まった――。


 2009年夏の甲子園決勝、日本文理対中京大中京。日本文理はあと1人まで追い込まれていた。一番の切手孝太が四球を選び、続く高橋隼之介が左中間へ二塁打。意地の1点を返し、甲子園はあたたかい拍手に包まれた。三番の武石光司がライト線を破る三塁打で続く。四番の吉田雅俊はサードへファウルフライを打ち上げるも、これを河合完治が落球。命拾いの後、死球で出た。さらに高橋義人が四球を選んで満塁。打席には投手の伊藤直輝が入った。アルプスから広がった大声援は、一塁側スタンド、そしてバックネット裏へ。期せずして、「伊藤コール」が起きた。歓声に応え、伊藤はレフト前に2点タイムリー。続く代打の石塚雅俊もレフトへタイムリーを放って、とうとう1点差に詰め寄った。


 打者一巡し、若林尚希の打球も快音を残してサードへ。だが、強烈なライナーは河合のグラブに吸い込まれた。試合終了。中京大中京の優勝が決まったにもかかわらず、甲子園は日本文理の怒涛の反撃へのどよめきが残ったままだった。センバツでは清峰・今村猛(現広島)の前に完封負けを喫して初戦敗退。大井元監督曰く「49代表中下から10番前後の力しかない」チームが、決勝にたどりついた。新潟県勢初の大旗がかかったが、大井元監督は満足していた。決勝戦の前も指示は何もない。選手たちには、こう言っただけだった。


「お前たちはもう力以上のものを出した。オレはきのうまでの戦いで十分だよ。とにかく今日の結果がどうであれ、笑顔で新潟へ帰ろう。泣くようなことはするな。オレに約束できるか?」

田尻賢誉

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

おすすめ記事(スポーツナビDo)

記事一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント