連載:道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔

岩手へ、恩師へ 大谷翔平が紡ぐ感謝の言葉

佐々木亨
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岩手が与えた影響

岩手に生まれ、花巻東高で過ごした大谷。メジャーで活躍し続ける大谷の源流がここにあった 【写真は共同】

 岩手という地で18年の歳月と時間を過ごした大谷を栗山監督はこう見つめている。

「翔平は、世の中的なものに左右されていないですよね。大自然には人間はかなわないということを、頭では考えたことがないと思いますが、彼は何となく体で感じ取っているんじゃないですかね。前にこんなことがあったんです。あと3イニングスを投げれば防御率のタイトルを2年連続で獲れるというときに、僕が『どうする?』と訊いたら、翔平は『どっちでもいいです』って。結果的にそのときは投げさせなかったんですが、改めて当時のことを訊いたら『うぅぅ〜ん、(タイトルを)欲しくないというわけじゃないんですけど、どっちでもいいですよね、そういうのは』みたいな感じで言うんです。そういう価値観なんですよね、翔平は」

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 大谷が持つ人間性は、いわば田舎である岩手県で生まれ育ったことと無関係ではないような気がする。もちろん一概に言えることではないが、田舎の環境が何かしらの形で彼の人間形成に影響したと僕は思うことがある。大谷の性格をよく知り、自らは新潟県出身の大渕はこう語るのだ。

「大谷はマイペースというか、いい意味で『計算をしていない』ところがあると思います。たとえばゴールが決まっていて、そこにいくために一番効率の良い答えや方法を求めようとしていない感覚みたいなものがある。もちろん野球の技術などはそういう考え方かもしれないですけど、彼の生き方として、計算して物事を判断するのではなくて何か湧き出てくるものに従って行こうという、すごく自然な生き方をしていると思います。何かをしたいと思えば自分の湧き出る思いに従ってするし、したくないと思ったらしない。寝たいと思えば休日は寝ている。自分の本能に従って生きている感じはします。それが堂々とした形になっていますし、それが伸びやかで大らかな部分なのかなあと思うこともあります。その感覚や感性というのは、田舎の環境から生まれたものかもしれませんね」

 一方で、大渕は岩手県にある大谷家には独特の空気が流れているとも言う。
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著者プロフィール

1974年岩手県生まれ。スポーツライター。雑誌編集者を経て独立。著書に『あきらめない街、石巻 その力に俺たちはなる』(ベースボール・マガジン社)、共著に『横浜vs.PL学園 松坂大輔と戦った男たちは今』(朝日文庫)、『甲子園 歴史を変えた9試合』(小学館)、『甲子園 激闘の記憶』(ベースボール・マガジン社)、『王者の魂』(日刊スポーツ出版社)などがある。主に野球をフィールドに活動するなかで、大谷翔平選手の取材を花巻東高校時代の15歳から続ける。

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