道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔

大谷翔平、18歳の決断
ある男との出会いで生じたメジャーの憧れ

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プロ野球か、メジャー挑戦か

2012年9月19日。プロ志望届を提出した大谷。この時点では、プロ野球か、メジャー挑戦か決めかねていた
2012年9月19日。プロ志望届を提出した大谷。この時点では、プロ野球か、メジャー挑戦か決めかねていた【写真は共同】

 高校野球を終えた大谷には、苦悩の日々が待っていた。人生の岐路と言っては、あまりにも酷かもしれないが、それだけ重い、「18歳の決断」がそこにはあった。

 右手の人差し指と中指で無機質な机を何度も弾く。その姿は好きな楽曲を指に乗せ、リズミカルに音を刻んでいるようにも見えた。指先の感覚を確認するために、あるいは養うために二本の指を平面に押しつける動きは、大谷の普段からあるごく自然な習慣だった。ふとした時に、何気ない時に、指先の皮膚から伝わる感触を確かめるのだ。そのときも、僕は彼のいつものクセだと思った。もしかしたら、好きな歌詞を心で刻んで楽曲を楽しんでいただけかもしれない、と。

 だが、制服姿で椅子に腰かけ、ほぼ口を開かずにどこか一点を見つめるその姿は、普段とは明らかに違った。険しさと、少しばかりの苛立ちが混ざったような表情を見る限り、そのとき、大谷が直面していた状況を考えればなおさら、僕には指先の動きは迷走を続ける心の動揺を映し出しているように思えてならなかった。


 2012年の9月19日。高校3年生の大谷はプロ志望届を岩手県高野連に提出した。プロ野球に進むべきか、それともメジャーへ挑戦するべきか。二者択一の選択を続けていた大谷は、10月に入っても答えを出せずに悩んでいた。指先で机を弾く仕草を見たのは、その答えを導き出せずに複雑な思いが交錯していた10月中旬のことだ。

佐々木亨

1974年岩手県生まれ。スポーツライター。雑誌編集者を経て独立。著書に『あきらめない街、石巻 その力に俺たちはなる』(ベースボール・マガジン社)、共著に『横浜vs.PL学園 松坂大輔と戦った男たちは今』(朝日文庫)、『甲子園 歴史を変えた9試合』(小学館)、『甲子園 激闘の記憶』(ベースボール・マガジン社)、『王者の魂』(日刊スポーツ出版社)などがある。主に野球をフィールドに活動するなかで、大谷翔平選手の取材を花巻東高校時代の15歳から続ける。

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