連載:道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔

東日本大震災……その時、大谷は? 消えることはない記憶

佐々木亨
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東日本大震災の時、大谷は室内練習中だった。さまざまな状況にあったチームメイト。大谷はこの経験により、仲間意識や団結力が増したと父徹さんは言う 【写真は共同】

 花巻東高校での3年間は、選手そして人間として、大谷を成長させてくれるものばかりだった。

 悲しい経験も味わった。2年生になる直前の東日本大震災。2011年3月11日に発生した未曽有(みぞう)の出来事は、岩手県で生まれ育った大谷にとって忘れられないものである。

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 大谷は語る。

「練習中に、ものすごく大きな揺れがありました。そのときは、どれぐらいの規模の地震なのかわかりませんでしたが、ああいうことになるとはまったく想像できませんでした」

 花巻東高校がある花巻市は、太平洋を望む岩手県の沿岸地域から車で約2時間離れた内陸地域だ。一度目の巨大な揺れが起きたとき、野球部の寮は停電し、学校の校舎一部にはヒビが入った。大谷を含む選手たちは室内で行なわれていた練習の手を止めて、すぐに避難した。大谷は地震発生直後に家族と連絡が取れた。だが、部員のなかには沿岸地域の出身者が多くいる。自宅を流された者もいた。大谷は言う。

「家族と連絡が取れない仲間もたくさんいました。安否がわからなくて不安だったと思いますし、すべてがなかなか前に進まない状況が続きました」
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著者プロフィール

1974年岩手県生まれ。スポーツライター。雑誌編集者を経て独立。著書に『あきらめない街、石巻 その力に俺たちはなる』(ベースボール・マガジン社)、共著に『横浜vs.PL学園 松坂大輔と戦った男たちは今』(朝日文庫)、『甲子園 歴史を変えた9試合』(小学館)、『甲子園 激闘の記憶』(ベースボール・マガジン社)、『王者の魂』(日刊スポーツ出版社)などがある。主に野球をフィールドに活動するなかで、大谷翔平選手の取材を花巻東高校時代の15歳から続ける。

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