2009年 史上最も長丁場のシーズン 後編 シリーズ 証言でつづる「Jリーグ25周年」

宇都宮徹壱

4チームで争われた昇格3枠をめぐる戦い

51試合の長丁場を制した湘南。このシーズンは土壇場のゴールで勝ち点を拾った試合が多かった 【(C)J.LEAGUE】

 2009年のJ2リーグは3月8日に開幕した。ホームの平塚競技場で迎えた横浜FCとの第1節、湘南ベルマーレは阿部吉朗とアジエルのゴールで2−1と勝利。これを皮切りに第5節まで5連勝すると、第10節にはセレッソ大阪を抜いて初めて首位に立つ。湘南を率いて1年目の反町康治監督は、3月の開幕ダッシュに成功したことが大きかったと語る。

「ドイツでホッフェンハイムの試合を見て、このスタイルを湘南に持ち込んだら十分に行けるという確信はあったし、それに見合う戦力もそろえることができた。ただ選手は最初、疑心暗鬼だったと思うよ。だからこそ、開幕から5連勝できたのが大きかった。序盤から結果を出すことで、チームの方向性がビシッと決まったからね」

 リーグ戦の1巡目となる第17節が終わった時点で、1位C大阪、2位湘南、3位ベガルタ仙台、そして4位ヴァンフォーレ甲府。J1昇格の3枠は、この4チームで争われることとなった。しかし湘南が4連敗を喫した第32節以降は、C大阪と仙台が優勝争いを、そして湘南と甲府が3位争いを演じる構図が明確となる。とりわけ、別格の戦力を誇っていたのがC大阪。当時事業部に所属していた長岡茂は、こんな思い出を披露してくれた。

「あの時のセレッソは、香川真司がいて、乾貴士がいて、マルティネスもいて、とてもJ2とは思えないメンツでしたよね。そんな相手に対しても、湘南は決して自陣に引きこもらずに真っ向勝負を挑んでいて、しかも勝ち越していましたから。アウェーの長居で4−3で勝った試合(第27節)は、パブリックビューイングで見ましたけど『ウチはこんな試合ができるんだ』って、会場は大いに盛り上がりましたね」

 結局、C大阪と甲府には2勝1敗、優勝した仙台には1勝1分け1敗。この年の湘南は、上位陣に負け越していない。それ以上に特筆すべきが、土壇場のゴールで勝ち点を拾った試合が多かったことだ。80分以降でゴールを記録したのが14試合。そのうち同点に追いついたのが2試合、逆転や勝ち越しで勝利したのが7試合、さらに89分でのゴールが9試合もあった(当時はアディショナルタイムのゴールも「89分」と表記)。アウェーでの直接対決となった、第49節の甲府戦もまさにそんな試合である。再び、反町。

「ウチが2点入れたら後半(17分)に追いつかれて、ずっと2−2のままアディショナルタイムになったんだよね。そしたらジャーンのヘディングシュートがバーに弾かれて、坂本紘司の利き足(左)のところに来たんだよ。触るだけでゴールだった。ただ紘司は(累積警告の)リーチだったから、その後すぐに交代しようと後ろを見たら誰もいない。みんなゴール裏にダッシュして、サポーターと大喜びしていたんだよね。そしたら、あまりに喜びすぎてスタンドの柵が壊れたという(笑)。あれはすごい試合だった」

「狙っていたのと違う形」で決まったJ1昇格

「狙っていたのと違う形だった」と当時のJ1昇格決定の瞬間を振り返る反町監督 【宇都宮徹壱】

 これで湘南は、甲府との勝ち点差を3に広げて3位をキープ。ところが続く第50節、甲府がファジアーノ岡山に勝利したのに対し、湘南はホームでザスパ草津とスコアレスドローとなり、両者は再び1ポイント差に接近する。すでに仙台とC大阪のJ1昇格は決まっており、残り1枠は湘南と甲府の間で争われることとなった。そして迎えた最終節、甲府はホームでロアッソ熊本と、そして湘南はアウェーで水戸ホーリーホックと対戦。

 試合前、反町は「こんな雰囲気だからこそエンジョイしよう」と選手を送り出した。序盤の選手たちの動きは明らかに硬く、前半20分と21分に立て続けに失点。しかしこれで吹っ切れたのか、30分には田原豊、そして34分には阿部のゴールで同点に追いつく。そしてエンドが替わった後半8分、坂本の右からのクロスに阿部が頭で合わせ、ついに湘南が逆転に成功。だが反町はこの時、素直には喜べなかったという。

「この年の湘南は84得点を取っているんだけど、クロスからのゴールは3点か4点くらい。当然だよ、クロスに頼らないチーム作りをしていたんだから。ところがシーズン最後のゴール、しかも昇格を決める決勝点がクロスから生まれたんだよね。『おい、狙っていたのと違う形じゃないか!』って(苦笑)。まあ、今となっては笑い話だけど」

 その後は水戸の猛攻に耐える時間帯が続いたが、GK野澤洋輔がファインセーブを連発し、そのまま3−2で湘南が勝利。甲府も熊本を2−1で下していたが、あと1ポイント届かず、ここに11年ぶりとなる湘南のJ1昇格が確定した。選手とサポーターが歓喜に沸く中、99年の降格を知る広報の遠藤さちえは「それどころではない」という状況であった。

「昇格が決まったからといっても、水戸さんにとっては大事なホーム最終戦ですから、いつまでもドンチャンしているわけにはいかなかったんですよ。勝利のダンスや監督の胴上げ、それからサポーターとの記念撮影を、できるだけコンパクトに終わることばかり考えていました。喜んだり泣いたりしている余裕は、まったくありませんでしたね」

 そう語りながら遠藤が見せてくれたのが、昇格が決まった直後に撮影された写真。ゴール裏のサポーターを背景に、選手とスタッフ全員が喜びを爆発させる中、監督の反町は少し離れた場所で静かにほほ笑んでいる。「ソリさんは『選手が頑張ったから昇格したわけであって、監督は手伝うだけ』といつも話していました。いかにもソリさんらしい写真だと思いませんか?」と遠藤。当人にその話をぶつけてみると、こんな答えが返ってきた。

「監督って、常に選手を後ろから支える存在だと俺は思っている。『COACH(コーチ)』という言葉は、もともと『馬車』に由来しているんだよね。選手を馬にたとえるのは失礼かもしれないけれど、馬を水飲み場まで連れていくところまでが俺の仕事。最後に水を飲むかどうかは、もう馬次第だからね。湘南での1年目、俺が選手に示した方向性は、クロスを用いずにボールホルダーをどんどん追い越していくサッカー。そのスタイルをブレずに貫いて、最後には昇格できたんだから、ほっとしたというのが正直なところだよね」

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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