“チームジャパン”で金メダルへ 東京五輪へ向けた日本リレーの強化戦略
「男子リレーの強化戦略」について、強化に関わる4人に語ってもらった 【写真:月刊陸上競技】
(構成:月刊陸上競技編集部、撮影:船越陽一郎)
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世界リレー日本開催の意義
来年開催の世界リレーは、東京五輪で金メダルを獲得するための一連の流れに位置づけられていると話す麻場委員長 【写真:月刊陸上競技】
麻場 前回に、来年のアジア選手権から世界リレー、ドーハ世界選手権、そして2020年の東京五輪へと、一連の流れで入っていくことが大事だとお伝えしました。そのなかで、世界リレーの日本開催が決まったということは、日本のリレーチームにとって高いレベルで準備ができるというメリットが挙げられます。これまでの世界リレーの位置付けは、「最大限の結果を残す」こと。ですが、やはりシーズンイン直後という時期的な問題や、過去3大会はいずれもバハマでの開催ということで遠征の負担など、さまざまなことに配慮をしながら臨まなければいけませんでした。しかし、今回は日本で開催していただけるということで、きちんとしたプランニングのもとに、プロセスを明確にして東京までの道筋を作れるのではないでしょうか。そういう意味で、世界リレーは意義があるものになるのではないかと思っています。
それから、日本の皆さんにリレーのおもしろさ、日本のリレーのレベルの高さを目の前で見ていただけます。それによって、東京五輪への興味・関心を引き寄せ、応援していただける、そんな態勢が作れるのではないでしょうか。これも前回言いましたが、今のスポーツ界は、世間の皆さんからどれだけ共感を持っていただけるか、応援していただけるかが結果にものすごく影響する。そういう意味で、この世界リレーを1つのきっかけにして、今まで以上に日本のリレーのことを応援していただけるような、そういう流れができる、空気ができるといいなと思っています。
――土江寛裕コーチは男子リレーの強化の立場から、この大会をどう捉えていますか?
土江 まず一番大きいと感じているのは、今、麻場委員長が後半部分でおっしゃった、皆さんに見ていただく機会ということ。これまで、4×100mリレー(以下、4継)は世界のファイナルを何回も走ってきました。ずっと(歴史を)つないできていて、08年北京五輪で銅メダル(上位国のドーピング違反によって銀メダルに繰り上がる予定)を取って、16年リオデジャネイロ五輪では銀を取りました。日本はリレーが強いということはかなり浸透していて、同時に、男子スプリンターたちは注目されてきています。でも、国内で日本が世界と戦うところを日本の皆さんに見せる機会は、なかなかなかった。東京五輪を前に、世界リレーで本気の世界と戦う姿を、日本の皆さんに直に観ていただけることは、日本のリレーが“国民的な種目”として定着するために非常に大きなチャンスだなと感じています。
強化の視点では、今回の世界リレーがドーハにつながって、ドーハの結果が東京につながる、言ってしまえば「東京が始まる」ということです。4継にしても4×400mリレー(以下、マイル)にしても、今回で20年へのモーメントをしっかり作り、勢いづけていければと思っています。
――日本陸連アスリート委員会として、また現役に近い立場として高平慎士さんはこの大会をどのように捉えていますか?
高平 五輪に向けて予行練習的に大きな大会が行われるという意味では、すごくメリットがあることだと思います。一方で、私は07年の大阪世界選手権を経験しているので、相当なプレッシャーがかかることが想像できます。もちろん、それも予行練習の1つ。プレッシャーや期待感がどこまで高まるのか、高まった時にどう対応できるのか。それらを実際に経験する良い機会になるのではないかなとは感じています。ただ、今の男子4継に関しては、そういったことがまったく問題にならないくらいのレベルにいますし、そんななかでもスタジアムを満員にしてやってやるぞ、という雰囲気なのかもしれません。
私自身は、やはりこういう試合がきたからにはスタジアムを満員にして、それがファンを増やし、陸上競技の盛り上がりにつながるようにしていきたいと思っています。
――世界リレーは男女とも4継、マイル以外にも前回は混合マイル、4×200m、4×800mが行われていました。まだ種目は正式に発表されていませんが、自国開催として全種目への出場を考えているのでしょうか?
山崎一彦強化委員会トラック&フィールドディレクター 具体的には今後に決定することになりますが、優先順位としてはやはり男子4継とマイルになると思いますし、女子4継とマイル、男女混合マイルも重要になるでしょう。
今までは戦略的に結構難しい大会ではありましたが、選手の負担を少し軽減できます。また、東京五輪に向けて、もう少し戦略の厚みができます。4継については「金メダル」が目標ですので、それに向けてさじ加減を調節できますし、マイルについては「入賞」という目標があるので、そちらのほうにも優位に働くのかなと思います。
――4月後半のアジア選手権から約3週間で世界リレーという日程です。当初はアジア選手権重視だったかと思いますが、世界リレーが自国開催になったことで強化スケジュールに修正は入るのでしょうか?
山崎 土江コーチを中心にコーチミーティングで、(9月開幕の)ドーハ世界選手権までを含めた戦略を練っています。1つひとつ、ただがんばればいいというものでもないですし、選手個人を尊重して緩急を考える必要があります。一方で、リレー種目の世界選手権や東京五輪の出場権や、その場で優位に立つための戦術についても、世界リレーが入ったことでプランにかなり厚みが出るかなと思っています。
――代表選手の選考については?
土江 エントリー等の詳細がまだはっきりしていない部分があるのですが、来年のシーズンインを少し見られると思うので、(4月の)アジア選手権と国内シーズンのギリギリのところまで見て決めていくようにしたいと考えています。選考要項についてはこれから準備をしていきます(※注…12月の理事会で提案され、承認されれば発表の見通し)。
――世界リレーに全力を注ぎ込むというスタンスになるのでしょうか?
土江 特にマイルですね。4継は、ずっと時間をかけた戦略をもってやっていて、5月のGGP(ゴールデングランプリ陸上)大阪もその戦略の1つ。そこでしっかり記録を出して、ドーハ世界選手権の出場権はバハマに行かなくても決めてしまいたいという思惑がありました(※注…当時はバハマ開催と見込まれていた)。
37秒台を狙っていったら、そのとおりに出た(37秒85=パフォーマンス日本歴代3位)し、2チーム目も38秒64で走りました。7月22日のダイヤモンドリーグ(DL)・ロンドン大会でも38秒09。それだけの記録を出しているので、世界リレーで何かがあっても、おそらく世界選手権の出場権を逃すことはないと考えています。
であるならば、注力する方向としてはマイル。伝統的に、マイルは世界と戦える種目。山崎ディレクターが東京五輪の目標を入賞とおっしゃいましたが、04年のアテネ五輪では4位まできた種目です。僕はメダルを考えられるチームにできると思っています。
私は両種目を統括するかたちではあるのですが、マイルは山村貴彦コーチ(東京・城西高教)を中心に強化を進めていきたいと思っています。マイルできちんとドーハ世界選手権、さらに東京五輪の出場権を取るために、まずはアジア選手権、世界リレーでしっかりと記録を出していくことが必要。その2レースで22年も破られていない日本記録(3分00秒76)を塗り替えないといけません。1996年のアトランタ五輪で5位に入賞した時の記録で、当時の世界レベル。偉大な記録ですが、それがいまだに破れてないというのは、単独種目の400mも含めてマイルに関わる種目がちょっと停滞しているということです。100mも、4継をきっかけに上がっていきました。マイルを中心に、400mも上げていきたいと思っています。世界リレーの自国開催の一番のメリットは、やっぱり男子のマイルにあると思っています。
――高平さんが先ほどおっしゃったように、注目を集められる大会になってほしいです。
高平 大阪世界選手権でも、多くの方々が足を運んでくれて応援していただいたことは、素晴らしい経験でした。陸上競技で、長居のスタンドをあんなに埋められたことは、ほとんど経験がなかったことでもありましたから。でも、今の素晴らしいメンバーをもってすれば、もう1度スタンドを埋めることは絶対に叶うはずです。もちろん、戦略の中身も大事ですけど、東京五輪に向けて陸上競技を盛り上げるためにも、ファンを拡大するためにも、4継は一番分かりやすい種目でもあると思うんですね。
そのなかで、こうやって戦略を立ててやらないといけない、ということをリレーで見せてくれると、選手もそうですし、国民の皆さんにも伝わりやすいのではないでしょうか。この世界リレーでしっかり順位を取っていかないと次の段階に進めない、ということをみんなで足並みをそろえてやらないといけない。日本代表の価値、チームジャパンの戦略が見やすくなるような大会になってほしいと思っています。
山崎 今、高平さんがおっしゃったことは、すごく大事。プロセスを見てもらうというスタンスですね。そういう意味で、ますますリレーの魅力を伝えられて、応援してくれる人が増えてくれるのではないかなと思っています。
4継は「東京五輪の出場権獲得」が最低目標
今年はアジア大会で金メダルを獲得した男子4継。今シーズンは合宿をやめたが、変わりに試合をうまく利用しバトンパスの練習をした 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】
土江 今シーズンは総じて、非常に良かったと思います。まず、シーズンに向けてのところで、これまでやってきたリレーの合宿をやめました。それぞれが個人の計画を持って、それぞれのやり方で競技を進めていくなかで、合宿で集めることによって、個人の流れを1度切るような部分がどうしてもありました。それぞれがしっかりとした環境の中でやっているので、個人の取り組みを尊重したということが1つあります。
そうなってくると、バトンパスの練習をする機会がなくなってくるので、個人を優先しつつリレーの試合に出て、そこでバトンパスの成熟度を上げていくという狙いでやりました。その結果、GGP大阪でも、DLロンドンでも良い結果が出ましたし、最終的にアジア大会の金メダル獲得につながったので、本当にもくろみ通りできたかな、と。記録でドーハ世界選手権の出場権を手中に収めておきたい、というところも狙い通り。計画としては完璧だったかな、と思っています。
山崎 以前から「合宿をすれば強くなる」という神話があるんですけど、それは断ち切ってほしいとかねてから言っていたのですが、その通りにやってくれたのが土江コーチ。バトン練習は最低限やらないといけないのですが、実戦に向けて短い期間で集中して練習していくという計画を立ててくれました。まず個人の走力をアップする、そしてバトンパスという組織的なものを高める、その両方をマッチできたのではないかと思います。
もちろん、DLロンドンで英国には走力で完全にやられたことで、東京五輪で金メダルを取るためには、4人全員が100m9秒台でいくくらいの個人の力が必要と選手たちも分かったでしょう。選手自身の動機付けもできて、やることが明確になってきた。いい流れになったのではないかと思っています。
――英国は昨年のロンドン世界選手権を国別世界歴代3位の37秒47で制し、今年のDLロンドンも37秒61で圧勝。その強さは今、際立っています。
高平 英国が強いのは以前から言えることですし、ジュニアからの流れもうまくやっている国の1つ。その上で、自分たちの強さを発揮できる自信を、リレーに対しても持ち込めてるなという印象があります。対して日本は、ある程度方針にのっとった上で結果が出たとは思うのですが、細かいことで言えば、37秒台はまだ同じメンバーでしか出ていません。誰が出ても(同じ力を出せる)、ということは達成しきってないと思うんですね。そこに関しては、英国のほうがやや上かなと感じています。
山崎 英国は、アテネ五輪で4継の金メダルを取って、その“うまみ”を知っています。100mの金メダルはなかなか取れないので、リレーに注力する。そして、ロンドン世界選手権でもうまくいきました。
土江 個人の結果も伴ってきていますね。DLロンドンで担当コーチと知り合いになれて、今後もコミュニケーションを取っていきましょうという話になったのですが、やり方は日本とすごく似ています。個人でしっかり強化するんですけど、集まってやるところはきちんとチームワークを大事にしてやっていく、と。似ているだけでなく、見習う部分も非常に大きいなと思っています。
「選手が世界の大会で戦えるように、そのための環境を整備すること」が自分たちの役割と話す土江コーチ 【写真:月刊陸上競技】
土江 これは僕の責任かもしれないんですが、「この選手は何走」と固定化しすぎている部分があります。代表を組んでいったときに似たようなメンバーになってくると、走順のバリエーションにチャレンジングなことをするのはなかなか度胸のいる話なんですよね。それを、どこかでテストしていかなくてはいけないとは思うのですが……。ただ、選手層は実際に厚くなっているわけで、多田選手(修平/関西学院大)、サニブラウン選手(アブデル・ハキーム/フロリダ大)らも当然、主力として走らないといけないし、経験を積ませなくてはいけない選手。どこかで必ず走ってもらわなくてはいけないと思っています。
――今年の結果を踏まえて、今後の強化プランはどこまで固まっていますか?
土江 基本的に冬の過ごし方は今年と同じです。それぞれの強化選手が計画したやり方で、しっかりとやっていただくということ。来年は、世界リレーに向けてしっかり準備をしていきます。アジア選手権は、4継は組まずに、ワールドランキング制における個人のポイント稼ぎにしっかり注力してもらいます。世界リレー後は、基本的にはまた個人でしっかりと。7月のDLロンドンでは来年も4継が実施される見通しとのことなので、そこで実戦的なバトン練習をして帰ってくる、そういう流れでいきたいと思っています。
そして一番の目的は、当然個人もあるのですが、ドーハできちんと東京五輪の出場権を獲得すること。20年にあわてて記録を狙いにいくという課題が残らないようにしたいですね。「今年が良かった」のは来年につながっているというだけで、20年にはまだ届いていないんですよ。だから、余裕があるという感覚はありません。来年の世界リレー、DLロンドンで37秒台をポンポンと出しておいて、心理的に余裕のある状態でドーハに行けるというのがベストかなと思っています。
もう1つ、スタンスとして気をつけていることは、基本的には各選手のパーソナルコーチとコミュニケーションをとっていくということです。どうしても、我々強化が上にいて、下に伝えるというイメージができてしまうのですが、そうではなくて、我々はあくまでも“コーディネーター”。パーソナルコーチと同じ机に並んで密に連携を取り、リレーの重要性などは共有しつつ、選手が世界の大会で戦えるように、そのための環境を整備することが我々の役目だと思っています。
――高平さん、東京までの2年で、選手としては何が大切になるでしょうか?
高平 先ほども話に出たように、「金メダル」を明確にターゲット化していくべきだと思います。今の日本の4継は、「こういう状況になったから、やっぱりメダル圏内でいいや」ということにはならないと、僕は思うんです。金を目指して、その結果として銀や銅なのは仕方ない、というレベルに間違いなくきていると思っています。土江さんがおっしゃったように環境作り、それぞれの指導者との密な連携も大事ですが、結局、それも選手にとっては伝言ゲームになってしまいかねません。銀や銅メダルを取っているメンバーしか現実感がない、という点も正直あるのです。だから、選手間の温度差が生まれないようにしなければ絶対にいけないと思います。土江さんの手前で大変申し訳ないのですが、僕は、アテネ五輪の時にそう思えていなかった。日本チームが「メダルを狙う」というのがリアルなんだろうか、って感じる場面が……。
60年に1回しかない東京五輪で花を咲かせるためには、若い選手、新しい選手が入ってくることも想定しつつ、誰が入っても、どのようなかたちになっても「金を目指すぞ」というチームになれるかどうかが最終的に問題だと思います。それは強化委員会の方々をはじめスタッフだけでなく、選手を含む“チームジャパン”全員がそこに向かうために取り組むべきことだと思います。
――今後、メンバーはある程度絞る方向でしょうか。それとも門戸を広げるのでしょうか?
土江 広げるタイミングではもうないのかなと思っています。当然、(急成長で)出てきた選手を排除することはありえないですが。今いる主力メンバーは7、8人といった感じで、いわゆる経験値の高い選手はまず個人に注力をしてほしい。さらに、若い選手もいるので、そういった選手の様子も見ながら強化をしていく必要があると思っています。出てきた選手に関しては、どこかでチャンスを与えなくてはならないし、当然、東京だけを考えていてはダメ。24年のパリ、28年のロサンゼルス五輪も見据え、次の世代にどうやって重ね、つなげていくかも考える必要があります。そういった“伝統”があったからこそ、今があるので。つなげる作業は絶対に怠ってはいけないと思っています。
――4継の項の締めくくりとしてはいかがでしょうか?
山崎 例えば、海外勢が今の日本のような短い練習期間でやっても、バトンパスはうまくいかないと思うんです。日本はやはり、中学、高校でリレーの教育をきちんとしてくれているので、オーバーハンドだろうとアンダーハンドだろうとクオリティが高い。日本のリレーは本当に中学、高校のお陰で成り立ってるな、と。とても感謝しています。
麻場 今、プロセスを非常に明確にしてくれています。私の立場としてはそれを、どうやって気持ち良く実現してもらうか、なのです。構想していることがきちんと進むようにしていきたいと思っています。