“チームジャパン”で金メダルへ 東京五輪へ向けた日本リレーの強化戦略

月刊陸上競技

マイルチームは「集合型」トレーニングで底上げを

マイルリレーは序盤のペースについていけなかった近年の傾向から、飯塚(右)ら200mを専門とする選手をメンバーに入れた 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

――では、マイルの強化プランについてうかがいます。まずは今年の成果については?

土江 アジア大会に向けてどう戦略を立てていくかというところで、日本は近年、五輪や世界選手権に出てはいるのですが、うまくいっていませんでした。どこでうまくいっていないかというと、やはり「スピード」なのです。陸連科学委員会のスタッフからいろいろなデータを出してもらうと、最初の200mの入りで圧倒的な差があることが分かりました。400mトータルのタイムではそれほど差がないのですが、最初にポンと行かれてしまうと、レースの流れについていけなくなります。その結果、前半の速いペースに無理してついていくことで力を使ってしまい、後半は遅れる。普通にいっていれば普通のタイムでいけるのですが、前半いって、後半遅れての繰り返しになっています。明らかにスピードが足りないのです。

 そこで、アジア大会に向けては、200mの選手もマイルのメンバーとして考えていく、という方針でやりました。実際、アジア大会では400m専門の選手はウォルシュ・ジュリアン(東洋大)1人になったのですが、彼にとっては不本意な走りになってしまった。一方で、飯塚選手(翔太、ミズノ)は44秒5前後のラップで走っています。実質、マイルのエースは飯塚選手だったということになりますし、彼の走りは世界のマイルのレースでも十分戦えるレベルです。今後に向けても、スピード化への対応が必須だと改めて確認できたので、その方向性は基本的には変えないでいきたいと思っています。

山崎 補足すると、1990年代から2000年前半は、世界も前半200mの入りはだいたい21秒前半でした。それが、トータルタイムはそれほど変わらないのですが、最近は20秒5あたりと、1秒ぐらい速くなっています。一方、日本は00年前半の走りのままなので、前半で置いていかれてしまう展開が目立っていて、レースに参加できていませんでした。

 育成の問題も出てくるとは思いますが、前半からいける選手の育成を、全体の戦略として奨励することもしていかないと。10年くらいでゆっくりと歪んでいった結果が今の状態なので、ちょっとエキセントリックに変える必要がありました。それを、土江コーチが400mの記録がなくても200m選手を使っていこう、と勢い良くやってくれているということです。リスクもありますが、そのくらいやらないと現場も、なぜ勝負ができないのか分からないくらいのところにきているのです。

高平 マイルは、強い選手が勝ちにいくためのレースをするとなると、絶対に前半を抑えて後半勝負なんですよ。だから、育成年代ではU20世界選手権といったレベルの大会にならないと、前半から突っ込むレースをしなくなると思うんですね。僕は、今回の世界リレーもそうなのですが、混合マイルでいかに力を発揮できるかというところが直結していくのではないかと思っています。“いかざるをえない”レースなので、混合マイルは。男子の場合、女子と同走になった時にはついていっても仕方がない状況が生まれます。そこをうまく活用して男子の“走り方改革”をしていくのもアリなのではないか、と。

 金丸君(祐三、大塚製薬)やウォルシュ君が1走を務めなきゃいけなくなる時点で戦略的に「後手」だと思うんです。アテネ五輪で4位になった時の佐藤光浩さん(富士通)みたいに、安定感があって、絶対にぶれない走りをする選手をアンカーに置くという戦略が作れないと、厳しいかなと思います。先行するという意味では、200mの選手を使うことはすごく理解できる。ただ、先行できないと総崩れしてしまいます。

――今回のアジア大会のように、1走で差を広げられる展開だと、200mの選手には結構きついですよね。

土江 そうですね。レースパターンとして良かったのは、4年前の仁川大会(※注…1走の金丸から先行し、そのまま逃げ切って金メダル)。今回は、カタールの1走であるアブデラーマン・サンバ(400mハードルで世界歴代2位の46秒98、400mは44秒66)は世界のメダルクラス。本当はウォルシュがもう少しいいところで持ってこないといけなかったのです。ラップは45秒後半でしたから。ただ、今季は彼もなかなか本来の走りができず苦しんだので……。でも逆に、世界のメダルとの差を比較して、相対的に自分たちがどんな感じなのかを経験できたことは、非常に大きいかなと思っています。

高平 世界のメダルレベルでも、同じ戦略を考えているということなんです。1走から流れを作っている。彼らは3走、4走も強かったので差を開けられるかたちにはなったのですが、考え方はおそらく変わらないと思います。立てた戦略を、選手が遂行できるレベルかどうか、ということだと思います。

土江 来年のアジア選手権はドーハで開催されますから、おそらくカタールは本気でくるでしょう。世界リレーは言うまでもなく、世界のトップが来ます。世界と戦う機会がありますので、そこに向けてしっかりと戦えるチームを作らないといけないと思っています。

 今後も200m選手をマイルの有力候補として考えるのですが、だからと言って400m選手を放っておくわけじゃありません。マイル担当の山村コーチを中心に、4継とは逆に“集合型”のトレーニングをしていこうと考えています。400mの選手は、レベルの高いトレーニングをするために、パートナーがたくさんいる中でやっていくということが絶対に必要ですが、そこに飢えているのです。アテネ五輪に向けて、当時短距離部長だった高野進先生(東海大監督)が、東海大を中心に400mのトップ選手を集めて、いわゆる集合型のトレーニングをしました。お互いにライバルであり、トレーニングパートナーでもあるかたちで高いレベルのトレーニングを積めたことによって、五輪で4位という成果につながりました。時間的には非常に限られてはいますが、そこを狙ってこの冬から400m選手のベースアップを図りたいと思っています。400mの選手からすると、200mの選手に、マイルメンバーを取られるわけにはいかないという気持ちでやってほしいと思っています。

まずは個人種目で代表権を獲得することが大事と話す山崎T&Fディレクター 【写真:月刊陸上競技】

――具体的な取り組みとしては?

土江 学生が中心になるので、どうしても授業の関係がありますが、春までに10日間程度の合宿を2回実施して、1カ月弱の海外合宿をやっていきたいと思っています。第1回は12月の予定。候補選手は6〜10人で、基本的に若手が中心です。今、日本のトップに入ってくるメンバーは若い選手が多いので。

 あとは、この取り組みの中から、飯塚選手のような“リーダー”が400m専門の選手から出てこないといけないと思っています。今回のアジア大会では、4継でもマイルでも、飯塚選手が入るとチームがぎゅっと1つになるんですよ。日本の中学、高校にはバトンの技術だけじゃなく、チームのムードを作る、チームワークを大事にする非常にいい伝統があり、それが日本代表へと受け継がれていると思います。中心的な役割を果たす選手がいるかどうかは、結構結果に影響してきます。

高平 彼らが本気で「入賞」と言葉にするための、これまで金丸君が見せてきたようなリーダーシップを発揮できる存在感のある選手を作るためには、時間をかけてやらなくてはいけないかなとは思います。合宿に何日か飯塚君や4継メンバーが来ることで、4継の“意識”を植えつけていくということも必要なのかな、と。それぐらい、4継は素晴らしいものが出来上がっていると思うので。

山崎 やっぱり個人で代表になれないといけないですよね。「マイルありき」ではなく、個人で世界大会に出て、その力をマイルに結集する。最終的にはそうならないと、「いくぞ!」という雰囲気にはなかなかならないです。

麻場 そういう意味では、世界リレーはいいきっかけになりますよね。最近の日本選手のマイルを見ていて、そういう環境に入れると走れる。だけど、ダメな時は3分05秒くらいかかってしまう。そのギャップが大きいのです。だから、それを良い方に導いていけば、力を出すのではないかと思うんですよ。それができたのが仁川であり、今回のアジア大会だったので、ああいう環境作りができれば良いのではないか、と。世界リレーで良いパフォーマンスを見せられれば自信になるでしょうし、そういうところを狙いたいですね。

――そのためにアジア選手権があることも大きいですね。

土江 アジア選手権に関しては、200mの選手を使う可能性があります。4継を組まないのはそういう意味合いもあるので。そこに向けて、冬季の集合型トレーニングに招集するメンバーの中で、しっかりと成果が出ている選手を起用することになるのではないかと思っています。世界リレーは、国内のシーズンを見て決めていく予定です。

高平 別メンバーということですか?

土江 当然考えられます。選考のプロセスが変わってくると思うので。

――マイルの締めくくりとしてはいかがでしょうか?

麻場 来年は、選手たちが自信を持って東京五輪を迎えられるような、そういう年になったらいいな、と。そういう意味ではアジア選手権、世界リレー、世界選手権、と着実にステップアップできると良いと思っています。

新種目の混合は「トータルタイム」の向上に

アジア大会で公式種目となった混合マイルリレー。まずはそれぞれの走力を上げることが世界に追いつく前提となる 【写真:ロイター/アフロ】

――最後に、混合マイルの戦略に関してですが、まずはアジア大会を経てこの種目をどう捉えていますか?

土江 勝敗のポイントが何か、どんな走順がいいのか、現実的に力を注ぎ込むための根拠となるノウハウやデータを検証中です。男女のマイルがあって、さらに混合マイルが加わることで、相当な選手層の厚さが必要になってくるでしょうけど、軸足はマイルのほうになるのではないかと思います。

山崎 僕は「トータルタイム」だと思っています。ラップで男子なら44秒〜45秒、女子は51秒台で確実に走ると、たぶん入賞レベルにいくのではないかと見ています。前半の走り方、後半の走り方ではなく、とにかくトータルのタイムをきちんと出す。駅伝に近いところがあると思っています。とにかくきちんと自分の走りをして、バトンをつなげる。そういうイメージかな、と。ただ、そのトータルタイムという点で、男女とも今はかなり厳しいです。女子の場合、最低でもフラットで52秒台のタイムを持っていないとまったく通用しないので、男女ともにタイムの底上げをしないといけない、というところです。

 今後、女子についても強化策を立ててやる予定ですし、男子についてはコンセプトとしては今回挙げた強化がうまくいけば、選手層の底上げにもつながるので、混合マイルにも生きてくると思います。

麻場 混合マイルは、世界リレーの上位12チームがドーハ世界選手権の出場権を獲得できます。そして、世界選手権の8位までに東京五輪の出場権が与えられます。だから、世界リレーがすごく大事になります。東京五輪に向けた最低限の目標は、5つのリレーすべてでスタートラインに立つことですから。

――では最後に、男子リレーとして、今後への意気込みをお願いします。

土江 4継としては狙うところは1つしかありません。ウチの大学(東洋大)に水泳の平井伯昌コーチ(日本水泳連盟強化委員長)がいるのですが、水泳のスローガンが「センターポールに日の丸を」。4継に関しては、それが言えるのかなと思っています。しっかりとそれを言った上で、みんなでそれを目指して、達成できるようにやっていきたい。マイルも十分戦える種目ですから、いろいろな課題はあるのですが、今の4継もさかのぼると、全然戦えないところから徐々に作り上げてきた歴史があります。東京に向けてのところで「マイル(の歴史)が始まったね」と言われるように、マイルにとっての新しい“出発点”となれるよう、東京に向けてスタートを切っていきたいと思っています。混合マイルももちろん、がんばります。

「4継は日本チームを引っ張る存在でもある」と活躍を期待している高平さん 【写真:月刊陸上競技】

高平 アスリート委員会としては、すべての選手が自分の目標とする場所に立って、しっかりパフォーマンスをしてほしいということが一番大事な部分。4継に長く携わってきた身としては、本当に金メダルを期待できると思っています。競歩やマラソンを含めたすべての種目において、世界大会ではいい意味で、強化スタッフや事務局の方々がめちゃくちゃ忙しくなるということが目標。その一端を担っている4継は日本チームを引っ張る存在でもあると思うので、しっかりと結果を残し続けてくれたらと思っています。金メダルはその上で、東京であれば最高ですし、パリもロサンゼルスもあるので、五輪のどこかでセンターポールに日の丸を掲げてくれれば、と。そんなに甘くない、と覚悟をした上で目指しているわけですから、チーム一丸となって目指してほしいなと思います。

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著者プロフィール

「主役は選手だ」を掲げ、日本全国から海外まであらゆる情報を網羅した陸上競技専門誌。トップ選手や強豪チームのトレーニング紹介や、連続写真を活用した技術解説などハウツーも充実。(一社)日本実業団連合、(公財)日本学生陸上競技連合、(公財)日本高体連陸上競技専門部、(公財)日本中体連陸上競技部の機関誌。

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