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【追悼】バウマン事務総長からの贈り物
FIBAのトップが示してくれた「信頼の証」

「これから」というタイミングでの悲報

FIBA事務総長を務めるパトリック・バウマン氏が14日、享年51で急逝した
FIBA事務総長を務めるパトリック・バウマン氏が14日、享年51で急逝した【写真:アフロスポーツ】

 世界のバスケ界、スポーツ界にとって究極の悲報だ。国際バスケットボール連盟(FIBA)の事務総長を務めるパトリック・バウマン氏が14日、滞在先のアルゼンチン・ブエノスアイレスで急逝した。事務総長はFIBAにおける実務のトップで、今年6月には任期が2031年まで更新されていた。享年は51で、彼のイニシアチブによる改革はまさに「これから」というタイミングだった。


 FIBAの本部はスイスにあるが、バウマン事務総長もスイス国籍。バスケの審判、弁護士としてのキャリアを持ち、5カ国語を駆使する切れ者だった。2003年1月にボリスラヴ・スタンコビッチ氏から事務総長を引き継ぎ、国際オリンピック委員会(IOC)の委員も務めていた。その手腕と若さから、将来のIOC会長候補としても名前が挙がっていた。

日本バスケ改革のレールを敷いた14年

 バウマン事務総長は日本バスケの改革、Bリーグ発足の恩人でもある。14年11月、FIBAは日本バスケットボール協会に対して国際資格停止という厳しい処分を下した。日本は男女を問わず、あらゆる年代で国際試合ができない状況に追い込まれた。


 彼は同年の12月18日に来日し、東京都内で会見を行った。筆者にとって彼を目の当たりにするのは初めてで、予備知識はメディアを介して報道されていた発言しかなかった。「外圧」「強権」を振りかざす人物を想定していた私の目の前に現れたのは、童顔で温厚で上品なユーモアを持つ紳士だった。


 100人以上は集まっていたメディアに対して彼は「バスケに興味を持っていただいていることを感じて、とてもうれしく思っている」と切り出した。そして上から目線のダメ出しを予期したわれわれの思惑とは逆に、彼は日本バスケに対する思いやりを感じるコメントを残していく。特に制裁の狙いについては「罰を与えることが目的ではなく、希望を作る機会としてこういう決断をした」と強調していた。


 彼は問題解決の組織として一時的に設置される「タスクフォース」の構想をこう説明していた。


「多くとも10人以下。最初の会議は1月末をメドにしている。バスケットボールの長期的なビジョン、目標を作っていくことがタスクフォースの目標になる」


 翌年1月にタスクフォースの共同議長に就任したのが川淵三郎元日本サッカー協会会長と、ドイツバスケットボール連盟会長のインゴ・ヴァイス氏で、主役はもちろん川淵氏だった。とはいえ、そこに至る最初のレールを敷いたのがバウマン事務総長だった。

大島和人
大島和人
1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都町田市に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。バスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、バレーなどの現場にも小まめに足を運び、試合観戦数は毎年300試合を超える。日本を実はサッカーだけでなくバスケ強国であるスペイン、バレー王国・ブラジルのような球技大国にすることが一生の夢で、“球技ライター”を自称している。

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