川島永嗣の恩師が語るGKの神髄<第4回> 後退か、飛び出しか。数秒が運命を分ける

GKがゴールに張り付けばいい時代は終わった。第4回のテーマは飛び出しや押し上げについて 【Getty Images】

 サッカーにおいて異質であり、同時に重要なポジションであるゴールキーパー(GK)。大舞台になればなるほど、良い意味でも悪い意味でも、必ず話題にのぼる「守護神」の神髄を、ジャンルイジ・ブッフォンや川島永嗣の恩師であるイタリアの名GKコーチ、エルメス・フルゴーニ氏が全6回の短期集中連載で語る。(取材・構成:片野道郎)

GKに求められるようになった立ち位置の「上げ下げ」

 ここまではGKの最も重要な仕事であるシュートブロックに的を絞り、GKの技術を取り上げてきた。しかしシュートを止めるというのは、GKの仕事のほんの一部分でしかない。シュートというのは相手の攻撃の最終段階であり、それが起こるのは味方が相手の攻撃を食い止め切れなかった時だけ。その頻度は、通常1試合に多くて10回前後だ。

 それ以前の段階、つまり相手が保持しているボールがゴールから遠くにある時、そして味方の攻撃時ですら、GKはチームの一員としてプレーしている。常に集中を切らすことなくプレーの展開を観察しながら、次の状況を予測し、それに準備するため細かくポジションを変える、必要に応じてディフェンスラインにポジショニングの修正に関するコーチングを行うなど、受動的にとはいえ、常に試合に参加しているのだ。

 かつて、今から四半世紀以上前のマンツーマンディフェンスが主流の時代ならば、GKはペナルティーエリアはおろか、ゴールエリアから出ることすら稀(まれ)であり、極端に言えば、常にゴールマウスに張り付いて枠内に飛んでくるシュートに備え、それを防ぐことだけを考えていればよかった。しかしこの20年、フラットなラインによるゾーンディフェンスが主流となって以降は、陣形をコンパクトに保つために最終ラインを押し上げるので、DFとGKの間のスペースが広がり、それに伴ってカバーすべき守備範囲も広くなった。GKもかつてのようにゴールエリア内にとどまっているのではなく、最終ラインに合わせて自分の位置を上げ下げしながら、背後のスペースをケアするわけだ。

 そのポジション取りの基本的な考え方は、ラインの裏に入ってきたボールに、FWよりも先に追いつける位置にいること。具体的には、最終ラインとの距離を15〜20メートル程度に保つべきだろう。最終ラインがハーフウェーライン近くまで押し上げた時には、GKも自陣の真ん中辺りまで前進することになる。

 攻守の切り替え時、すなわち味方がボールを奪われて守備に回った直後のGKの位置取りは、チームの戦術や監督の考え方によって少なからず変わってくる。とはいえ、基本原則はひとつ。すなわち、GKのポジションはディフェンスラインと連動するというものだ。

後退か、止まるか、押し上げるかの判断

現代のGKは最終ラインに合わせて自分の位置も常に上下させる必要がある 【Getty Images】

 DFのラインコントロールの基本は、ボールがオープンな時(ボールホルダーがフリーで前を向いている状態)には後退し、クローズな時(ボールホルダーが背を向けている、あるいはタイトにマークされて前方にパスを出せない状態)には止まるか、あるいは押し上げるというもの。したがって、GKのポジションもそれに準じて上下することになる。

 チームが、相手にボールを奪われたらすぐに自陣に後退して守備陣形を整えるという安全第一の戦術を採っているのであれば、GKが高い位置にとどまる必然性は小さい。しかし近年、特に強いチームがそうするように、ボールを奪われたら前に出てプレッシャーをかけ、即時奪回を狙うというアグレッシブな守備戦術を採っている場合には、GKもそれに連動して高い位置にとどまり、プレスを外されて裏のスペースにボールを入れられるという状況への対応を準備しておく必要がある。

 そうした状況の下で、最終ラインとゴールの間の広いスペースをGKがどうケアするかというのは、いずれにしても大きな問題になる。というのも、DFがラインを高く押し上げている状況で、GKは2種類の相矛盾するリスクに直面せざるを得ないからだ。

 GKがそれに合わせるためにペナルティーエリアを出て前進すれば、ゴールはがら空きになる。もし相手がボールを奪ってすぐにフリーで前を向き、がら空きのゴールを認めれば、そしてその選手が正確なロングキックの持ち主であれば、何を考えるか。ロングシュートを打つことだろう。そうなったら、神に祈る以外にGKにできることはない。

 実際、ほとんどのGKは、このリスクを恐れるあまり、味方がボールを奪われるとすぐにポジションを下げてゴール前まで戻ってしまう。GK自身だけでなく、監督もまたこうした形での失点の可能性には非常に神経質なので、GKにそう指示することになる。前に出ている時に頭を越されてロングシュートを決められるほど、GKにとって惨めなことはない。そして失点の責任を問われるのも間違いなくGKだ。

 しかし本来、ラインを高く保つという戦術は、チームの陣形をコンパクトに保ち、ボールホルダーに素早くプレッシャーを掛けて、高い位置でボールを奪い、逆襲に転じることを目的としている。だとすればフィールドプレーヤーは、前に出たGKの背後を狙ってロングシュートを打てるだけの時間とスペースをボールホルダーに与えてはならないはずであり、それを与えた結果として失点した場合、その責任はGKではなくフィールドプレーヤーにあると考えるべきだろう。

 もうひとつのリスクは、GKがまさにそのように後退してゴールに近いところにポジションを取った時に生じる。GKと最終ラインとの間隔が開いていると、攻撃側はそのスペースにスルーパスを送り込み、最終ラインの裏を取って一気にゴールを目指そうと考えるものだ。その時にGKがゴールに貼りついたポジションを取っていれば、飛び出しが遅れて裏に抜けてきたFWに先手を取られ、絶望的な1対1の状況を強いられるか、そうでなくとも、際どいタイミングでFWと競り合い、結果的に接触してPKを与えてしまったりする。そして、実際に試合の中でそうした場面に遭遇することは決して少なくないのだ。

 現実問題として考えれば、ロングシュートでゴールを決められるような場面など、1年に一度か二度しか起こらない。一方、裏にスルーパスを通されて絶体絶命のピンチに陥る場面は、1試合に一度か二度はあるだろう。最終的に、チームにとってどちらが大きなメリットをもたらすかと考えれば、それは明らかにGKが高めのポジションを取ってスルーパスに備える方だろう。

 とはいえ、DFラインの高さやそれに応じたGKの位置取りは、監督の戦術に依存する部分なので、GKが主体的にコントロールできるものではない。不本意ながら下がり目のポジションを取って、押し上げた最終ラインの裏に抜けてきたFWとの1対1に数多く直面せざるを得ない立場に置かれているGKも、現実には少なくないということだ。読者のみなさんもこれからはぜひ、こうした状況におけるGKのポジショニングに注目してみていただきたい。

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著者プロフィール

1948年2月3日生まれ。パルマで当時13歳だったジャンルイジ・ブッフォンを見出し、一流に育てた名コーチ。その後ヴェローナ、レッジーナ、チェゼーナ、カリアリ、パルマのGKコーチを歴任。日本代表GK川島永嗣とは01年のイタリア留学を受け容れて以来恩師とも呼ぶべき関係にあり、14年にはFC東京のGKテクニカルアドバイザーも務めるなど日本とも縁が深い。

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