川島永嗣の恩師が語るGKの神髄<第4回> 後退か、飛び出しか。数秒が運命を分ける

コンマ数秒の決断と選択が運命を分ける

相手FWの裏抜けを許し、1対1になったとき、GKはまず何をすべきか 【Getty Images】

 最終ラインの裏に入ってきたボールに対する飛び出しは、GKにとってその能力が問われる状況のひとつだ。ラインの裏にボールが入ってくる典型的な場面はいくつかある。ひとつはワンツー。もうひとつはスルーパス。特に多いのは、ラインを押し上げている時に悪い形でボールを奪われ、パス1、2本のうちに裏のスペースにスルーパスを通されるケースだ。これらは、後ろからプレーの展開を見ているGKからは、気を付けてさえいればかなりの確率で予測可能な状況である。何かが起こってからそれに反応するのと、起こる前からそれを予測して対応する準備をしておくのでは、実際のプレーには雲泥の差が出るものだ。その差は、時間にすればコンマ数秒でしかないが、ピッチの上ではほとんどの場合、そのコンマ数秒が運命を分けることになる。

 いずれにしても、ディフェンスラインの裏を狙ったパスが出された時にGKがやるべきことはひとつしかない。それは、少しでも早くスタートを切って飛び出すことだ。理想は、パスが出たのと同時に飛び出すこと。そこから先は3つの可能性がある。

 ひとつは、パスに反応してFWと競りながら戻ってきたDFが、先にボールに触るケース。この場合、GKはそこで止まって、DFからのバックパスに備えればいい。もうひとつは、GKがタイミングよく飛び出した結果、走り込んできたFWよりも早くボールをセーブできる可能性が高いケース。この場合は、ボールに向かってダイブし、抱え込むようにキャッチするか、最悪でもFWの足下からボールを弾き飛ばすことになる。そして最後は、FWが先にボールに触ってしまうケース。

 この最後のケースでも、もしFWのファーストタッチに飛び込めばボールに触れるというタイミングならば、ダイブしてもいい。FWがダイレクトでシュートを打つこともあり得るし、その場合はボールには触れないわけだが、FWにとっても、飛び込んでくるGKのプレッシャーを受けながら、ファーストタッチでボールをコントロールするのはかなり難易度の高いプレーになる。ボールの軌道とFWが走り込んで来る角度、そしてゴールの位置を合わせて考えれば、FWがファーストタッチでどこにボールを置こうとするかは、自ずと見えてくる。そこを狙って飛び込めば、ボールに触れる確率は十分に高い。

 ただし、もし飛び出しが遅れ、ダイブした場合にファーストタッチでかわされる可能性が高ければ、FWの直前で止まって低く構え、シュートコースをできる限り限定することになる。1対1の危険な状況に変わりはないが、FWがゴールを決めるためには、正確にGKの股を狙うか、ドリブルでGKをかわすかということになる。

 以前から繰り返していることだが、GKにとって大事なのは、FWに「最も難しい選択肢を選ばせる」ことだ。もしFWがそれをうまくこなしてしまえば、いずれにせよゴールを許すことにはなるわけだが、その確率をいかに低くするかが、FWとの駆け引きの唯一にして最大のポイントなのだ。

クロスやセットプレー対応の基本原則とは

セットプレーを含むクロス対応は、技術以上に状況把握力と判断力が試される局面だ 【Getty Images】

 1対1になった時にGKが取るべき対応は、FWとの間合いを詰めてシュートコースを消しながら、飛び込まずに低く構えて次の一手を待つことだ。GKを避けようとして外に開けば開くほど、そしてゴールラインに近づけば近づくほど、FWが狙えるシュートコースは狭まっていく。そうなればこちらの思うつぼだ。

 ボールを持ったFWに続いて、ゴール前中央、あるいはファーポストに敵の選手が走り込んできているような状況で、GKがゴールを離れて飛び出すのは自殺行為だ。もしそこから切り返して中央に折り返されれば、無人のゴールにシュートを打たせることになってしまう。その場合は、ニアポストのシュートコースを消しながら、ゴールエリアの中で待つ必要がある。そういう状況になれば、FWはシュートよりも中央に折り返すほうを選ばざるを得なくなる。その時にはGKは、中央に移動してシュートに備えることになる。そこまで来れば、ゴール前には通常、敵の選手だけでなく味方の選手も戻ってきているから、失点を許す確率はずっと低くなる。1対1の危険な状況から、そこまで局面を押し戻しただけでも、GKはかなりの仕事をしたことになる。

 GKがゴールエリアから飛び出して対応しなければならない状況は、最終ライン裏に入ってきたボールだけではない。もうひとつ、さらに重要なのはハイボールへの飛び出し、すなわちサイドからのクロス(セットプレー含む)への対応だ。GKにとっては、技術以上に状況把握力と判断力が試される状況であり、ここが優秀なGKと並のGKを分ける最も大きなポイントでもある。

 最終ラインの背後に入ってきたボールに対しては、GKはとにかく飛び出してボールをセーブするか、最悪でも走り込んできたFWとの間合いを詰める必要がある。しかし、ハイボールの場合にはそうではない。GKが飛び出すのは自分がボールをセーブ(キャッチング、パンチング、ディフレクティング)できると100%確信できる時に限られる。その確信がない限り決して飛び出してはならない、というのがハイボールに対する最も基本的なプレー原則だ。

 GKがハイボールに対して飛び出す状況は、オープンプレーとセットプレーの2つに分別できる。前者は、敵陣から放り込まれたロングボール、アーリークロス、深いところからのクロス、さらにはDFライン上での空中戦から後方にこぼれてきた浮き球など。後者はCK、そしてサイド深い位置からのFKだ。

 まずは後者から。CKやサイドからのFKは、GKにとって最も困難が大きい状況のひとつだ。まず何よりも、敵味方合わせれば15、6人がゴール前に詰めている。また、GKはボールが蹴り出されてから、その軌道を読み、それに反応して飛び出さなければならないのに対して、敵の選手は最初からポジションを取っている上に、多くの場合ボールの軌道もほぼわかっている。敵にとって非常に有利な状況にあるわけだ。

 セットプレーの対応で重要なのは、ボールの軌道に対する予測とポジショニングだ。基本中の基本は、蹴り足を確認すること。一般論としていえば、ゴールから遠ざかっていくボールが予想される場合(サイドと同じ足で蹴り出される場合)は、やや前寄りにポジションを取る。逆足でゴールに向かってくるボールが予想される場合には、直接ゴールを狙われることも想定して守る必要がある。

 球質について言えば、低くて速いボールに対してGKが飛び出すのは非常に難しい。飛び出すのに十分な時間がない上に、途中ヘディングで流されるなどして軌道が変わることも多いため、GKが確実にボールに触れる状況になることは稀だ。したがって飛び出すチャンスは非常に少なく、ほとんどの場合、ゴールに構えて受け身の対応を取ることになる。一方、スピードが遅い山なりのボールに対しては、軌道を読んで正しいポイントに飛び出す時間があるし、GKは助走がついている上に手も使えるから、相対的に飛び出しは容易だ。

 ニアポスト側への飛び出し、すなわちボールに対して向かっていく形になる場合は、通常キャッチング、あるいは両手でのパンチングでボールをセーブする。一方、自分の頭を越えていくボールを追うファーポスト側への飛び出しでは、パンチングかディフレクティングでボールの軌道を変え、CKやスローインに逃れるのが狙いとなる。

 セットプレーではなく、流れの中でGKがハイボールに飛び出す状況は、大半がクロスへの対応といっていいだろう。この場合も、自分が先にボールに触れるという確信を持った時だけ飛び出すというのが基本原則だ。GKが飛び出すか飛び出さないかを決めるための判断材料は、セットプレーでも流れの中からのクロスでも、基本的には変わらない。つまり、ボールの軌道に対する読み、そして敵FWとの位置関係だ。ただし、ボールの球質が高い確率で予想できるセットプレーとは異なり、流れの中からのクロスは、1回1回状況が異なっており、球質も軌道も予想するのはずっと難しい。むしろ重要なのは、ボールの位置やFWとの位置関係によってポジションを修正することだ。

 サイドを突破した選手が、深い位置までスピードに乗ってボールを持ち込んだところから折り返す場合、直接シュートを打ってくる可能性はゼロに等しい。したがってGKはニアポストを空けてでもゴールエリアの境界線くらいまで前進し、ゴール前のスペースをつぶしてクロスへの飛び出しに備えるべきだ。このほんの数メートルのポジション修正ができるかできないかで、飛び出しの可能性は大きく変わってくる。

 ゴールラインまで10メートル以上距離があり、クロスだけでなくゴールに直接シュートを打ってくる可能性が残っている時には、GKはニアポストを空けずにカバーするポジションを取り、シュートとクロスの両方に備えておくべきだ。この時に重要なのは、ボールホルダーだけでなく、ゴール前で敵味方がどういう状況になっているかをできる限り把握しておくこと。そうすれば、クロスがニアに来るのか、ファーに来るのかを予測する助けになる。ゴール前にフリーのFWがいる場合には、シュートの可能性を頭の隅に置きつつも、そのFWとの間合いをできるだけ詰めておく必要がある。

 ただし、常に相手が狙った通りのところにボールが飛んでくるわけではなく、とりあえず上げておけ、という類いの運任せのボールも少なくないことは頭に入れておく必要がある。予測するのはいいが、ヤマをかけてはいけないということだ。
<第5回は10月7日(日)に掲載予定>

※本連載は、2004年から05年にかけて『ワールドサッカーダイジェスト』誌に掲載された連載記事「GKアカデミア」の内容を元に再構成し、フルゴーニ氏への新たな追加取材を加えてアップデートしたものです。

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著者プロフィール

1948年2月3日生まれ。パルマで当時13歳だったジャンルイジ・ブッフォンを見出し、一流に育てた名コーチ。その後ヴェローナ、レッジーナ、チェゼーナ、カリアリ、パルマのGKコーチを歴任。日本代表GK川島永嗣とは01年のイタリア留学を受け容れて以来恩師とも呼ぶべき関係にあり、14年にはFC東京のGKテクニカルアドバイザーも務めるなど日本とも縁が深い。

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